文学

井坂洋子『犀星の女ひと』を読む

井坂洋子『犀星の女ひと』(五柳書院)を読む。詩、小説、評論、随筆、俳句と多岐にわたって書いた作家を詩人の井坂が暖かく書いている。表紙の犀星の写真がいいが、新潮社の犀星担当の編集者だった谷田昌平によるもの。 犀星といえば、萩原朔太郎の親友だっ…

田村隆一『詩集 言葉のない世界』を紹介する荒川洋治

荒川洋治が毎日新聞の書評欄で田村隆一『詩集 言葉のない世界』(港の人)を紹介している(6月12日付)。 (……)初版は1962年刊。たった10編。詩の文字の印刷されたところが、35ページしかない、とても薄い詩集だけれど、緊迫感は、無常のもの。名編「帰途…

谷川由里子『サワーマッシュ』を読む

谷川由里子『サワーマッシュ』(左右社)を読む。谷川は第1回笹井宏之賞大森静佳賞の受賞者。笹井宏之賞は書肆侃侃房が主催する短歌新人賞で、夭折した歌人笹井宏之を記念して作られた。大賞のほか、選考委員が選ぶ賞があり、選者の大森静佳が谷川を選んでい…

笹井宏之歌集『ひとさらい』を読む

笹井宏之歌集『ひとさらい』(書肆侃侃房)を読む。笹井宏之はWikipediaによれば、「15歳の頃から身体表現性障害という難病で寝たきりになり日常生活もままならず」、「2005年に「数えてゆけば会えます」で第4回歌葉新人賞を受賞。2007年、未来短歌会入会、…

鈴木真砂女『鈴木真砂女』を読む

岩合光昭カレンダー『日本の猫』の5月25日の項に「卯波立つ」とあった。卯波は『広辞苑』によれば、「卯月(陰暦4月)のころに海に立つ波。卯月波。〈季・夏〉。」とある。卯波と言えば、東京銀座の京橋に近い路地にその名前の小料理屋があった。並木通りに…

牧野信一「西瓜喰ふ人」を読む

牧野信一の短篇小説「西瓜喰ふ人」を読む。牧野は明治29年生まれで、昭和11年に39歳で自死している。私小説の作家であまり関心を持たなかった。しかし、大江健三郎と古井由吉が対談『文学の淵を渡る』(新潮文庫)で牧野を絶賛している。牧野をとびきりの名…

吉本隆明『夏目漱石を読む』を読む

吉本隆明『夏目漱石を読む』(ちくま文庫)を読む。吉本が1990年から1993年にかけて4回にわたって講演したものに手を入れたものだという。基本、これが講演録なのでとても分かりやすい。漱石の個々の作品について丁寧に語っている。教えられることが多かった…

海外の長篇小説ベスト100から

少し古いが雑誌『考える人』が海外の長篇小説ベスト100を特集していた(2008年春号)。このテーマなら13年前だがあまり古びてはいないだろう。これがなかなか興味深い。 129人の作家や批評家など、さまざまな書き手129人にアンケートを依頼し、各人のベスト1…

クルミの詩

娘が殻付きクルミを買ってくれた。殻付きクルミを見ると山内薫の詩「クルミ」を思い出す。 クルミ 山内薫 クルミは脳 ポケットに入れるとポケットは考えはじめる 太陽を見るには どうすればいいか あちらのポケットには 何が入っているかと くつに落とすとく…

入手しそこなったもの2点

むかし入手しそこなってほんの少し悔やんでいることがある。安室奈美恵のサインと吉行淳之介の色紙だ。 伯母が再婚した相手は茨城県の医者だった。その伯父の娘婿Sさんがやはり医者で病院長をしていた。ある時伯母が私に安室奈美恵さんのサイン欲しかったら…

シューマンが「赤とんぼ」

吉行淳之介のエッセイ「赤とんぼ騒動」に、山田耕筰の「赤とんぼ」のメロディがシューマンの曲から流れてきたというエピソードが紹介されている。シューマンの「ピアノと管弦楽のための序奏と協奏的アレグロ ニ短調作品134」から赤とんぼが飛びだしてきたと…

吉行淳之介「みどり色の板の道」

吉行淳之介の家の前が上野毛通りで、道を隔てた反対側に上野毛自然公園がある。そこに「細い板の道が、何本にも別れて奥のほうへ伸びている」、「坂の上へ伸びている板の道も一つあって」、その板の道=階段は102段もあった。その公園のことを「みどり色の板…

ときどき、不思議な軀がある

吉行淳之介『鞄の中味』(講談社文芸文庫)を読む。吉行38歳から51歳にかけて書かれた短篇20篇を収めている。これらがとても完成度が高い。昔本書の単行本が出版されたとき、購入した記憶がある。瀟洒な箱に入っていた。 さて、本書中の「百メートルの樹木」…

山本容朗『人間・吉行淳之介』を読む

山本容朗『人間・吉行淳之介』(文藝春秋)を読む。吉行が亡くなったとき、山本は吉行と40年近くつきあってきたことになると書く。国学院大学を卒業して角川書店に入って編集者となり、吉行の著書を担当する。角川を辞めてフリーの文筆業を始める。略歴には…

小池正博 編著『はじめまして現代川柳』を読む

小池正博 編著『はじめまして現代川柳』(侃侃房)を読む。現在書かれている川柳の場合、よく目にするのは新聞川柳・時事川柳・サラリーマン川柳などだと言う。それに対して現代川柳は、文芸としての川柳を志向する作品だ。文学性が高く、塚本邦雄や岡井隆の…

『坪内稔典自筆百句』を読む

『坪内稔典自筆百句』(沖積舎)を読む。2016年、坪内の編著書が100冊を超えたことを機に、沖積舎の舎主から100句の色紙展を提案され、それをまとめて本書となった。ただ、坪内は「自慢じゃないが字が下手である。その証拠がこの本だが……」と書く。 坪内は俳…

吉行淳之介『私の東京物語』を読む

吉行淳之介『私の東京物語』(文春文庫)を読む。編集が山本容朗となっている。単行本の出版が1993年だから吉行が亡くなる1年前だ。すると吉行の監修というか了承を得ているのだろう。 東京を舞台にした短篇小説とやはり東京を舞台にしたエッセイを集めてい…

吉行淳之介『ダンディな食卓』を読む

吉行淳之介『ダンディな食卓』(グルメ文庫)を読む。グルメ文庫というのは角川春樹事務所が発行している文庫。吉行が亡くなって12年後に出版されている。内容は昔『夕刊フジ』に連載した食べ物に関する短いエッセイをまとめた『偽食物誌』(新潮文庫)に、…

橋本治『そして、みんなバカになった』を読む

橋本治『そして、みんなバカになった』(河出新書9を読む。橋本治の対談集というかインタビュー集。橋本は『桃尻娘』でデビューした作家だが、あまり注目してこなかった。でもきわめてユニークな作家で、『枕草子』や『源氏物語』、『平家物語』などを現代…

大岡昇平『常識的文学論』を読む

大岡昇平『常識的文学論』(講談社文芸文庫)を読む。このタイトルは生ぬるい、「好戦的文学論」だろう。昭和36年(1961年)に雑誌『群像』に連載した文芸時評的なものだが、初回から当時世評きわめて高かった井上靖の『蒼き狼』に激しく嚙みついている。 井…

中村稔『現代詩の鑑賞』を読む

中村稔『現代詩の鑑賞』(青土社)を読む。これがとても素晴らしかった。中村は詩人で、また駒井哲郎などの伝記作者、本職は弁護士である。現代詩の実作者であるから「現代詩の鑑賞」にはぴったりだ。 本書には鮎川信夫、田村隆一から荒川洋治、高橋順子、小…

井伏鱒二『珍品堂主人』を読む

井伏鱒二『珍品堂主人』(中公文庫)を読む。骨董屋であり、料亭を経営した変わった男を主人公にした小説。モデルがあり、秦秀雄という魯山人や小林秀雄などと付き合っていた骨董商だ。彼のことは宇野千代も書いていたのではなかったか。 長篇小説であるにも…

常盤新平『遠いアメリカ』を読む

常盤新平『遠いアメリカ』(講談社文庫)を読む。先に読んだ『片隅の人たち』のいわば前編のような連作短編集。「遠いアメリカ」「アル・カポネの父たち」「おふくろとアップル・パイ」「黄色のサマー・ドレス」の4作からなっている。登場人物は共通で翻訳者…

橋口幸子『珈琲とエクレアと詩人』を読む

橋口幸子『珈琲とエクレアと詩人』(港の人)を読む。この詩人とは荒地グループの北村太郎を指す。橋口が住んだ部屋の隣に北村が越してきた。北村は大家さんの愛人だった。橋口と北村の親しい交流が語られる。橋口が部屋で校正の仕事をし、隣の部屋で北村が…

アレン・ギンズバーグ/柴田元幸 訳『吠える その他の詩』を読む

アレン・ギンズバーグ/柴田元幸 訳『吠える その他の詩』(スイッチ・パブリッシング)を読む。『吠える』は50年前に諏訪優の訳で思潮社から出版されていた。ビート・ジェネレーションとかビート族、当時のふうてんたちにとってバイブルだった。周りの友だ…

橋口幸子『こんこん狐に誘われて 田村隆一さんのこと』を読む

橋口幸子『こんこん狐に誘われて 田村隆一さんのこと』(左右社)を読む。橋口夫婦は1980年2月に稲村ケ崎の家に引っ越した。ここの大家は田村隆一の4番目の正妻の和子だった。間もなく和子の恋人で田村隆一の友人である詩人の北村太郎が同じ家に越してきた。…

埴谷雄高『酒と戦後派』を読み直す

埴谷雄高『酒と戦後派』(講談社文芸文庫)を読み直す。5年前に読んでブログにも紹介したが、武田泰淳の最後が書かれた「最後の二週間」が読みたくて手に取り結局全部読み直した。素晴らしい本だ。埴谷雄高全集から文学者たちとの交友録を編集してくれた講談…

石田千『窓辺のこと』を読む

石田千『窓辺のこと』(港の人)を読む。朝日新聞の「書評委員が選ぶ『今年(2020年)の3冊』」に須藤靖が取り上げていた。 『窓辺のこと』(石田千著、港の人・1980円) 初回の書評で取り上げたかったものの、出版後2カ月以内の原則に抵触して断念した。先…

ジョン・ル・カレの評価

先月イギリスのスパイ小説作家ジョン・ル・カレが89歳で亡くなった。松浦寿輝が「追悼ジョン・ル・カレ」を発表した(朝日新聞2021年1月16日)。 松浦はイギリス「純文学」界の雄であるイアン・マキューアンの言葉を引く。「ル・カレの小説になぜブッカー賞…

武田百合子『富士日記』全3巻を読む

武田百合子『富士日記』全3巻(中公文庫)を読む。 武田泰淳は昭和38年に山梨県鳴沢村に500坪の土地を借り、そこに別荘=山荘を建てる。山荘名はいろいろ呼んでいたが、表札は武田山荘としていた。昭和39年の晩春あたりから東京と山梨を妻の百合子の運転する…