文学

坂口安吾『堕落論』を読む,、そして山本弘の戦争体験

坂口安吾『堕落論』(新潮文庫)を読む。56~57年ぶりの再読。そんなことを覚えているのは、山本弘に初めて会った時、『堕落論』を読めと言われたからだ。その時私は19歳で、『堕落論』はすでに読んでいた。『堕落論』は戦後すぐの昭和21年に坂口安吾が出版…

半藤一利『安吾さんの太平洋戦争』を読む

半藤一利『安吾さんの太平洋戦争』(ちくま文庫)を読む。作家坂口安吾が太平洋戦争中、どんな生活を送ったかどんなことを書いていたかを昭和11年から昭和21年まで、1年ごとに詳しく紹介している。 昭和11年は2.26事件が起こった年だ。安吾はこの事件をすぐ…

海老坂武『戦後文学は生きている』を読む

海老坂武『戦後文学は生きている』(講談社現代新書)を読む。フランス文学者で大江健三郎の東大での同級生だった海老坂武が日本の戦後文学から20冊を選んで紹介している。 取り上げられた20冊は、 日本戦没学生記念会編『きけ わだつみのこえ』 梅崎春生『…

井上ひさし『芝居の面白さ、教えます 日本編』を読む

井上ひさし『芝居の面白さ、教えます 井上ひさしの戯曲講座 日本編』(作品社)を読む。これが面白かった。仙台文学館の初代館長だった井上ひさしが行なった戯曲講座という講演会と文学講座を文字起こししたもの。ほかに「海外篇」もある。 取り上げられたの…

大江健三郎『親密な手紙』を読む

大江健三郎『親密な手紙』(岩波新書)を読む。雑誌『図書』に2010年から2013年まで連載されたエッセイをまとめたもの。『図書』の1ページだけのエッセイだった。短いものなのであまり複雑な内容は期待できない。しかし久しぶりの大江健三郎の新刊でそれな…

会田誠『げいさい』を読む

会田誠『げいさい』(文春文庫)を読む。会田誠は売れっ子の現代美術家、でも文章も得意で数々のエッセイのほか、『青春と変態』という小説もある。裏表紙の惹句から、 佐渡出身で芸大志望の僕は多摩美の学園祭を訪れ、カオス化した打ち上げに参加する。酒を…

梶山季之『李朝残影』を読む

梶山季之『李朝残影』(光文社文庫)を読む。梶山季之はかつて『黒の試走車』などベストセラー作家だったが、45歳で病没した。1930年、現在の韓国ソウルで生まれ、15歳のとき終戦とともに帰国した。 「族譜」は朝鮮の旧家の家系図で、古い家系は700年も記録…

日本美術の二つの様式

恩田侑布子『星を見る人』』(春秋社)の書評を渡辺保が毎日新聞に書いている(2023年9月23日朝刊)。本書で恩田は久保田万太郎の俳句を分析しているが、渡辺は「俳句そのものも面白いが、著者の解釈が面白く、批評の文学になっている」と称える。 さらに渡…

小室直樹『新版 三島由紀夫が復活する』を読む

小室直樹『新版 三島由紀夫が復活する』(毎日ワンズ)を読む。初めに第1章「三島由紀夫と二・二六事件」として2.26事件が詳しく語られる。それも反乱軍である青年将校側に立って事件を語っている。2.26事件に際して昭和天皇が鎮圧を命じた。それを三島は深…

吉行淳之介『目玉』を読む

吉行淳之介『目玉』(新潮文庫)を読む。以前読んでいたが、荒川洋治が『文庫の読書』(中公文庫)で、戦後の最高の短篇小説10篇の中に吉行淳之介の「葛飾」を挙げていた。それで「葛飾」の入っている短篇集『目玉』を再読した。 『目玉』は、単行本が平成元…

荒川洋治『文庫の読書』を読む

荒川洋治『文庫の読書』(中公文庫)を読む。荒川は詩人で書評家、私の大好きな文筆家だ。ここには荒川が書いた文庫本の書評が100冊分集められている。 気になったところを引用する。三浦哲郎『盆土産と十七の短篇』の項で、荒川が評価する短編が列挙される。…

中央公論新社 編『対談 日本の文学 作家の肖像』を読む

中央公論新社 編『対談 日本の文学 作家の肖像』(中公文庫)を読む。1960年代の後半に中央公論社から『日本の文学』全80巻が刊行された。その月報の対談を編集したもの、全3巻の最終巻。25篇が収録されている。この巻が一番面白かった。 柳田国男と折口信…

石畑由紀子『エゾシカ/ジビエ』を読む

石畑由紀子『エゾシカ/ジビエ』(六花書林)を読む。石畑は1971年北海道帯広市生まれ、初め自由詩を書いていたが、30代後半になって短歌を詠み始めたという。本書が第1歌集となる。 恋愛は人をつかってするあそび 洗面台に渦みぎまわり ゆびさきでのぼりつ…

斎藤美奈子『出世と恋愛』を読む

斎藤美奈子『出世と恋愛』(講談社現代新書)を読む。副題が「近代文学で読む男と女」。 斎藤の視点はいつも皮肉で辛辣で面白い。 最初にいっておくと、近代日本の青春小説はみんな同じだ。「みんな同じ」は誇張だが、そう錯覚しても仕方ないほど、似たよう…

桑原武夫『文明感想集』を読む

桑原武夫『文明感想集』(筑摩書房)を読む。1970年代前半頃あちこちに描いたエッセイを集めたもの。「今西錦司について」は今西の全集のための解説だが、今西の偉大さをよく示している。でも20年以上前に今西の孫弟子にあたる京都大学の昆虫学者に会ったと…

桑原武夫『思い出すこと忘れえぬ人』を読む

桑原武夫『思い出すこと忘れえぬ人』(講談社文芸文庫)を読む。桑原の出生時から旧制高校1年の夏休みまでを記した著者唯一の自叙伝だという。桑原は第一流の学者であるが、とりわけ劇的な生涯は送っていない。しかも旧制高校1年までの自伝だから、とりわ…

高見澤潤子『兄 小林秀雄』を読む

高見澤潤子『兄 小林秀雄』(新潮社)を読む。小林秀雄の妹潤子はマンガ『のらくろ』の作者田河水泡と結婚して高見澤潤子となった。兄を深く尊敬していて、小林秀雄が亡くなった2年後、雑誌『新潮』に兄の思い出を連載する。 妹しか知らないプライベートなエ…

大岡昇平『成城だよりⅢ』を読む

大岡昇平『成城だよりⅢ』(中公文庫)を読む。1985年、大岡75-76歳の時の日記。大岡はこの3年後に亡くなっている。『成城だより』の最終巻。外出して映画館でちょっと寒かったとき風邪を引いている。遠くまで散歩に出られないなど健康の不安を訴えている。…

夏井いつき『句集 伊月集 鶴』を読む

夏井いつき『句集 伊月集 鶴』(朝日出版社)を読む。マスコミに出演して人気のある俳人の50代の句を集めた句集。繊細なものへの気づきが見事だと思う。 龍角散みたいに冬の日の匂ふ 馬臭き氷を育てゐるバケツ 水は球体そらも球体春もまた 隠居所の伊万里の…

中央公論新社 編『対談 日本の文学 素顔の文豪たち』を読む

中央公論新社 編『対談 日本の文学 素顔の文豪たち』(中公文庫)を読む。1960年代の後半に中央公論社から『日本の文学』全80巻が刊行された。その月報の対談を編集したもの、全3巻で刊行予定の1冊目。24篇が収録されている。 幸田露伴について幸田文と瀬…

持田叙子 編『安岡章太郎短篇集』を読む

持田叙子 編『安岡章太郎短篇集』(岩波文庫)を読む。持田が選んだ安岡章太郎の短篇集。31歳で発表した「ガラスの靴」から58歳の「猶予時代の歌」までの14篇が収録されている。 安岡章太郎は昔何かを読んだけどあまり感心しなかったので、以来読んだことが…

グレアム・グリーン『ジュネーヴのドクター・フィッシャー』を読む

グレアム・グリーン『ジュネーヴのドクター・フィッシャー』(ハヤカワ文庫)を読む。カバーの惹句から、 スイスのチョコレート製造会社に勤務する平凡な事務員ジョーンズは、全くの偶然から30も年下のアンナ・ルイーズと知りあい、愛しあって結婚した。彼女…

川端康成『みずうみ』を読む

川端康成『みずうみ』(新潮文庫)を読む。高校教師桃井銀平が教え子と関係し職を追われる。退職後もその教え子と付き合っていたが、彼女の親に見つかり離れ離れにされる。桃井銀平は別の少女を見初めストーカー行為を繰り返す。 解説で中村真一郎が本作を絶…

マリオ・バルガス=リョサ ほか『ラテンアメリカ五人集』を読む

マリオ・バルガス=リョサ ほか『ラテンアメリカ五人集』(集英社文庫)を読む。 本書には、ホセ・エミリオ・パチェーコ「砂漠の戦い」、マリオ・バルガス=リョサ「子犬たち」、カルロス・フエンテス「二人のエレーナ」、オクタビオ・パス「白」「青い花束…

小谷野敦『川端康成と女たち』を読む

小谷野敦『川端康成と女たち』(幻冬舎新書)を読む。川端の文学に現れる女性たちのモデルを探っている。いつもながら小谷野は品が悪いが、『雪国』の分析など教えられることが多かった。『雪国』は川端があちこちの雑誌に書き継いで後にそれを単行本にして…

カミュ『異邦人』を読む

カミュ『異邦人』(新潮文庫)を読む。『異邦人』は50年以上前、繰り返し読んだ本だ。おそらく10回は読んだのではないか。自分の中では詩集を除けば最も繰り返し読んだ本だ。次いで読んだのがル・クレジオの『調書』だった。『調書』は18歳の時から数年間は…

筒井康隆『大いなる助走』を読む

筒井康隆『大いなる助走』(文春文庫)を読む。大岡昇平の『成城だよりⅡ』を読んでいたら、この本の解説を書いたとあった。それで興味を持って読んでみた。読み始めてしばらくして途中でやめたくなった。だが読み始めた本は読み切るのがモットーなので最後ま…

金井美恵子『迷い猫あずかってます』を読む

金井美恵子『迷い猫あずかってます』(中公文庫)を読む。1990年12月18日に子猫が迷い込んできた。飼い猫のようだったので、ちらしを作りあちこちに貼りだした。ちらしの文言、 迷い猫あずかってます 12月18日の昼ごろから、/この近辺で/迷い子になって/…

斉藤美奈子が紹介する岐阜県を舞台とする小説がユニーク

斎藤美奈子が「旅する文學 岐阜編」で、岐阜県を舞台とする小説を紹介している(朝日新聞、2023年3月31日夕刊)。 島崎藤村『夜明け前』(岩波文庫など)について、 (……)ひと言でいうとこれは地方から見た明治維新の裏面史だ。維新に夢をつなぐも裏切られ…

十重田裕一『川端康成』を読む

十重田裕一『川端康成』(岩波新書)を読む。副題が「孤独を駆ける」、川端康成の評伝だ。私は若いころ川端が好きで、長篇など主な作品はほとんど読んでいた。もう50年前になる。そんなこともあって新刊が発売されてすぐ買い、早速に読んだ。 十重田は本書で…