東京市ヶ谷のギャラリーαMで高橋耕平展「逆・様」が開かれている(2月21日まで)。高橋耕平は1977年、京都府生まれ。芦屋市美術博物館、東京都写真美術館、京都市京セラ美術館、豊田市美術館、兵庫県立美術館、京都芸術センターなどで展示している。
高橋は新宿区富久町児童遊園内に建てられた市ヶ谷刑死者慰霊碑を知る。そこはかつて東京監獄市ヶ谷刑務所があった土地で、そこから大逆事件と和歌山県新宮市との関係へ関心が向かった。大槻晃実が書く。
1911年、幸徳事件(大逆事件)により死刑判決を受けた24名のうち、実際に処刑されたのは12名で、その中には新宮市出身の6名(刑死者は2名)が含まれていた。彼らは「紀州グループ」と称されていたが、実態としての結びつきはなく、国家によるフレームアップの象徴とも言える存在として、現在は記録されている。
幸徳秋水を中心とする初期社会主義者たちは、自由や平等を掲げながらも、当時の国家体制にとっては「逆らう者」として扱われた。彼らの思想や活動は、十分な証拠もないまま「大逆罪」として裁かれ、死刑判決が下された。これは、国家による思想弾圧の象徴的事件であり、後に冤罪であったことが明らかになるまで、長い沈黙の時代が続く。(中略)
本展では、彼らの墓と新宮の風景を中心とした写真、そして丸太が主要な構成要素となっている。貯木場で浮かぶように配置された丸太の表面には切り込みが入れられ、天地が「順」と「逆」に分けられた写真が差し込まれる。展示室の床を水面と見立てるならば、私たちは水上からその光景を眺めているのか、あるいは水中から見上げているのか、その境界は次第に曖昧になっていく。同じ場所であっても、異なる方向から眺めると景色が変わるように、主体と客体のそれぞれの語りによって「事実」は幾通りにも立ち現れてしまうことを想起させるだろう。(中略)
児童遊園の慰霊塔は今後どのように継承されていくのだろう。100年後もその形を留めているだろうか。その判断もまた、人間の手に委ねられている。





動画に映し出されているのは「富久町児童遊園内に建てられた市ヶ谷刑死者慰霊碑」だ。そしてギャラリーには半分に割られた丸太が展示されている。大逆事件とその記憶をこのような展示で表現したのは優れた方法だと思う。私も一度富久町児童遊園内に建てられた市ヶ谷刑死者慰霊碑を訪ねてみよう。
新宮市は10年ほど前だったか、派遣の仕事で訪ねたことがあった。その時は中上健次の墓に詣でたのだったが、小ぶりながら品の良い墓だった。花と日本酒が供えられていた。新宮市は大逆事件の犠牲者と中上健次の出身地だったのか。
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高橋耕平展「逆・様」
2025年12月13日(土)-2026年2月21日(土)
12:30-19:00(日・月・祝日休み)
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ギャラリーαM
東京都新宿区市谷田町1-4 武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパス2F
電話03-5829-9109
https://gallery-alpham.com
※JR総武線、東京メトロ有楽町線・南北線、都営新宿線、各市谷駅より徒歩3分