菊地暁『民俗学入門』を読む

 菊地暁『民俗学入門』(岩波新書)を読む。タイトル通りの見事な民俗学入門書。柳田国男が始めた民俗学はどこか古臭い印象で、もう流行らない過去の学問かと漠然と思っていた。とんでもないことだった。

 本書は3つの章からなり、それぞれ3つのテーマを掲げている。第1章 暮らしのアナトミーは、きる(衣)、たべる(食)、すむ(住)、第2章 なりわいのストラテジーは、はたらく(生産・生業)、はこぶ(交通・運輸)、とりかえる(交換・交易)、第3章 つながりのデザインは、血縁、地縁、社縁となっている。

 きる(衣)では、「衣の普遍性とその起源(原論)」、「“労働集約製品“としての衣(前近代)」、「補正下着のエトセトラ(近代・現代)」として、補正下着ではブラジャーの変遷を扱っている。寄せて上げるブラを取り上げて、雑事としかいいようのない無数の行為を注視することによって、そこに至る歴史があり、そこから未来が続いているとする。

 そして取り上げたテーマごとに学生たちにアンケートを取り、きわめて現代的なエピソードを提示してみせてくれる。例えば、ある学生が帰省した際、祖母(79歳)から「テレビでやってた寄せて上げて谷間のできるブラが欲しい」と言われ、一緒に東京の某デパートの下着売り場に行った体験が紹介されている。さらにテーマごとにブックガイドが載っていて、とても参考になる。

 こんな風にすべてが極めて具体的で、面白く読めて同時に人々の暮らしの仕組みと歴史を解き明かしてくれる。民俗学という学問が私たちの生活を見直させる有用なものであることがよく分かった。

 

 

 

eitoeikoの石垣克子展を見る

 東京神楽坂のeitoeikoで石垣克子展「基地のある風景Ⅲ」が開かれている(2月18日まで)。石垣は1967年沖縄県石垣市生まれ、1991年沖縄県立芸術大学美術工芸学部美術学科絵画専攻を卒業、1997年に初個展を行い、その後県内外での個展を40回以上行っている。

 DM葉書には「何気ない日常の景色と共に、そこにある米軍基地を描いた風景画。沖縄在住の作家、石垣克子による2018年、2019年につづく個展第三弾です」とある。

 静かな風景画だが、在日米軍の存在に対する批判が内在している。

美術館からの眺め

東京港区の六本木トンネルの上にある在日米陸軍ヘリポート

美術館からの眺めⅡ(右)とモノレールからの眺め(左)

右:沖縄本島中部の宜野湾市にある佐喜眞美術館の屋上から見た風景。普天間基地の林の向こうに沖縄国際大学の校舎が見える。

左:ゆいレール那覇空港近くの風景。

嘉数高台公園からの眺め

沖縄本島中部の宜野湾市にある嘉数高台公園から浦添方面を眺めた風景、かつては激戦地だった。

展望台からの眺め

東京港六本木ヒルズの森タワー展望台から在日米陸軍ヘリポートと隣接する青山墓地を見下ろした風景。

フェンスのある風景

沖縄本島中部にあるライカム交差点近くのキャンプ瑞慶賀を囲うキャンプ。

ファガンタルピッ公園からの眺め

韓国の南北国境近くの町の景色。

見上げる空には

沖縄本島南部の浦添市西海岸道路キャンプキンザー付近の空。上空に軍用機がよぎる。

     ・

石垣克子展「基地のある風景Ⅲ」

二〇二三年1月21日(土)-2月18日(土)

12:00-19:00(日月休廊)

     。・

eitoeiko

東京都新宿区矢来町32-2

電話03-6873-3830

http://www.eitoeiko.com

地下鉄東西線神楽坂駅矢来口より徒歩5分

山崎努『「俳優」の肩ごしに』を読む

 山崎努『「俳優」の肩ごしに』(日本経済新聞出版)を読む。山崎が昨年の8月に「日本経済新聞」に連載したもの。初め幼少の頃の思い出から書き始めている。最初はちょっと危なっかしい。大丈夫かなと危惧しながら読む。ところが俳優を志してから筆が乗り始める。芥川比呂志の『ハムレット』を見て、自分もハムレットを演じたいと決意する。叔母に相談する。「あのねえ、役者っていうのはねえ、いい男がなるもんなの。(……)おまえみたいなカオで……。バカなこと考えるもんじゃないよ」。反対される。

 俳優座養成所に入る。授業でチエホフの「結婚申込み」の求婚者を演じたとき、失神する。ろくに飯も食わず貧血ぎみだったから。

 

 ある日。同期の河内桃子さんが、廊下ですれ違いざま、手を握ってきた。ん?! 立ちすくんだ。拳の中に」小さくたたんだ千円札があった。ラブレターではなかった。

 当時僕はひどい格好をしていた。よれよれのジーパンにぱっくり裂けたビニール靴、その靴を布で巻いて履いていた。その上栄養失調で演技中に倒れる。桃ちゃんは同情して、他人に気付かれないように小さく折ったお札をそっと手渡してくれたのだ。

 

 当時の千円は今の2万円くらいだろうかと書いている。

 初舞台は三島由紀夫の『熱帯樹』。ヘタ、アウト、山崎を降ろそうという動きまであったくらい。黒澤明の『天国と地獄』の犯人役をオーディションでもらう。それが評価され、この後『赤ひげ』『影武者』に参加した。

 最後の舞台という新国立劇場こけら落としの公演『リア王』については、山崎は『俳優のノート』という名著を書いている。本書もそれに劣らず素晴らしかった。

 

山崎努『俳優のノート』を読んで

https://mmpolo.hatenadiary.com/entry/20140119/1390135049

 

 

 

 

梅崎春生『カロや』を読む

 梅崎春生『カロや』(中公文庫)を読む。梅崎は飼った猫をカロと名付ける。4代にわたって飼われたが、いずれもカロと名付けられた。その3代目のカロについて、

 

(……)カロが、我が家の茶の間を通るとき、高さが5寸ばかりになる。私が茶の間にいるとき、ことに食事時には、そういう具合に低くなる。ジャングルを忍び歩く虎か豹のように、頭を低くし背をかがめ、すり足で歩くのだ。

 なぜこんな姿勢になるかというと、私が彼を打擲(ちょうちゃく)するからだ。カロを叩くために、猫たたきを3本用意し、茶の間のあちこちに置いてある。どこにいても手を伸ばせば、すぐ掌にとれるようにしてある。カロが背を低くして忍び歩くのは、私の眼をおそれ、この猫たたきをはばかっているのである。

 猫たたきというのは、長さ2尺ばかり。先端を丸く編んだ、一種の竹棒である。べつだん珍しいものでも、特別あつらえのものでもない。荒物屋に行って、蠅たたきを呉れと言えば、これを出して呉れる。1本20円か30円ぐらいのものだ。

 何故この猫たたきをもって彼を打擲するか。私はこの頃カロにたいして、いろいろと腹を立てることがあるのだ。

 

 カロは茶の間に「私」がいないときは、卓上に前脚をかけ、すばやく食物をかすめ取るのだという。台所のすみには、ちゃんとカロ用の皿があって、そこにはいつも彼の食事がしつらえてある。ところがカロはそれを喜んで食べない。カロは美食家なので、汁かけ飯などには、てんで眼も呉れない。煮干しを入れてやっても、よほどの時でなければ、食べようともしない。鰯ならしぶしぶ食べる。

 それに対して食卓の上の物ならば何でも食べる。それで「私」はカロに腹を立てる。

 しかし、蠅たたきで猫を叩くのは虐待ではないか。腹が立ったときは、蠅叩きを水平に打つという。もう何本も蠅たたきを壊したほどだ。

 猫好きとしてはあまり楽しい読書ではなかった。

 

 

 

いりや画廊の丸山富之展を見る

会場風景(パンフレットより)

 東京北上野のいりや画廊で“いりや画廊開廊10周年記念展#3”丸山富之展「水平の空-おもかげ」が開かれている(1月28日まで)。丸山は1956年長野県生まれ、1986年東京藝術大学大学院彫刻専攻を修了している。1987年ときわ画廊で初個展、以来ときわ画廊、次いでヒノギャラリーで個展を繰り返している。ヒノギャラリーでは13回も個展を開いている。

 画廊の発行したパンフレットによれば、いりや画廊のオーナー中村茂幸は丸山と小学校、中学校、松本の県ケ丘高校、大学と同級生だった。予備校まで一緒だったという。

「植物」



 丸山は砂岩を使った石彫を発表してきた。平面をL字型に曲げたような造形だ。それが今回は砂岩を平面にして、1枚の板のような作品を並べている。大きなものは168×268cm、ついで奥の作品は166×267cmもある。いずれも厚さは8.5cmと8cmでどちらも砂岩でできている。石で作った板のような造形だ。矩形だが角が落としてあったりする。

 壁にはやはり矩形の作品が展示されている。よく見ると表面に穴が開けられていたり模様なようなものが見えたりする。ミニマルではないと主張しているのだろうか。1点赤っぽい作品が台の上に置かれていて、これも矩形だが、他の作品とは違って表面が粗削りになっている。素材も大理石オニキス・河津青石・杉とある。ほかに「植物」と題された棒状のものが屹立している小品もあった。

 会期が残り3日間だが、足を運ばれることをお薦めする。

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丸山富之展「水平の空-おもかげ」

2023年1月9日(月)-1月28日(土)

11:30-19:30(日曜日休廊・最終日16:00まで)

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いりや画廊

東京都台東区北上野2-30-2

電話03-6802-8122

http://www.galleryiriya.com

東京メトロ日比谷線入谷駅出口1より徒歩1分

JR上野駅入谷口より徒歩10分、鶯谷駅南口より徒歩8分