国立新美術館の「五美大展」を見る(その2)

 東京六本木の国立新美術館で「五美大展」が開かれている(3月3日まで)。今回は多摩美術大学女子美術大学日本大学芸術学部を紹介する。

 

以下、多摩美術大学

丸地大海(一寸法師のように実際に舟として使っている)

 

高橋智

 

島田理央

 

小塩晴太郎

 

藤井倭

 

石井和哉

 

いとぐち いむ

 

川津瑛美

 

以下、日大と女子美

中田詩音(日大芸術学部

 

樊コウ翔(日大芸術学部

 

菅野芽衣女子美

 

ベン カ(女子美

 

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「五美大展」

2024年2月23日(金)―3月3日(日)

10:00-18:00(火曜日休館)

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国立新美術館

東京都港区六本木7-22-2

 

国立新美術館の「五美大展」を見る(その1)

 東京六本木の国立新美術館で「五美大展」が開かれている(3月3日まで)。今回はそのうち武蔵野美術大学を紹介する。

吉田真納タルーラ

 

宮坂裕理

 

斎藤翼

 

矢部もなみ

 

勝木直人

 

荒井健

 

浅野明子

 

柳澤樹

 

黒尾瞳

 

添田夢実

 

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「五美大展」

2024年2月23日(金)―3月3日(日)

10:00-18:00(火曜日休館)

     ・

国立新美術館

東京都港区六本木7-22-2

 

抽象絵画の接地について

 今井むつみ・秋田喜美『言語の本質』(中公新書)に次のような指摘がある。

 認知科学では、「記号接地問題」という未解決の大きな問題がある。「ことばの意味を本当に理解するためには、まるごとの対象について身体的な経験を持たなければならない」。AIが記号「〇〇」を「甘酸っぱい」「おいしい」という別の記号(ことば)と結びつけたら、AIは〇〇を「知った」と言えるのだろうか? という問題だ。これは、「記号から記号へのメリーゴーランド」に過ぎない。記号接地問題を提唱したハルナッドは、少なくとも最初のことばの一群は身体に「接地」していなければならない、と指摘した。

 これに倣って言えば、抽象絵画にも「接地問題」があるのではないか。つまり、抽象絵画も丸ごとの造形ではなく、どこかに具体的な事物と接地していなければならないのではないか。

 野見山暁治の絵画も一見抽象的でありながら、どこかに具体的な事物との接点を持っていた。山口長男も画面からは風景を感じさせる。対して菅井汲の画面は記号の展開からできていて、事物との接点が感じられない。ミニマルアートを展開させた辰野登恵子は接地に失敗し、最後は優れた色彩感覚でようやく作品を完成させたが、十分な展開はできなかった。

 中津川浩章も浅見貴子も抽象から具体的なものの描写に移行してから画面が豊かに完成度が高くなった。しかし二人とも抽象画の分類に入れられるように思うが。本日が最終日だったノイエ・エクステンドの藤澤江里子展に出品された「山水画のように」は題名のように藤澤の画面に山水のイメージが表れていたが、藤澤の到達した傑作だと思う。

 これらの考察はほとんどメモ書きに過ぎないが、今後少しでも発展させることができれば良いのだが・・・

 

 

 

宇野重規 著、若林恵(聞き手)『実験の民主主義』を読む

 宇野重規 著、若林恵(聞き手)『実験の民主主義』(中公新書9を読む。副題が「トクヴィルの思想からデジタル、ファンダムへ」とうもの。編集者の若林が政治学者の宇野に質問して宇野が語るという形式をとっている。全6回の対話を基に本書が正立した。

 宇野はプラグマティズムを重視している。今回初めてプラグマティズムが有用で興味深い思想だということを教えられた。ずっと浅薄な思想だと思っていた。また、民主主義についても様々な考え方があり、現在の日本の民主主義ももう一度考えなければいけないことも教えられた。とても有意義な読書だった。

 宇野が「あとがき」で書いている。

 

 大きく言えば、本書は民主主義論に対し、二つの角度から問題提起をしている。

 一つは執行権(行政権)への着目である。本書において論じているように、これまでの民主主義論はどちらかといえば、むしろ立法権中心であった。もちろん、有権者の意志を、立法の過程を通じていかに実現するかという主題が重要であることは、あらためて強調するまでもない。とはいえ、このような立法権中心主義によって、覆い隠されてしまったものがあるとすれば、その最たるものが執行権の問題であろう。なるほど、議院内閣制においては国民によって選ばれた議会の制定法が執行されることによって、また大統領制においては政府の長が国民に直接選挙されることによって、執行権の民主的なコントロールが実現している。

 しかしながら、今日においてますますその影響力を拡大している執行権に対し、民主主義は選挙を通じてしか働きかけることができないのか。もし現代のテクノロジーの発展において、執行権の民主的コントロールが実現するとすれば、民主主義はその射程を大きく広げることになる。本書の第一のメッセージはこの可能性をめぐってのものである。

 私達は、日々、執行権(行政権)に働きかけることができる。政府の情報を開示させ、単にそれをチェックするだけではなく、自らの意見や問題意識をより直接的に政策に反映させることができる。(中略)政策形成は、そのエンドユーザーである市民の問題意識をいままで以上に反映すべきである。その意味で私たちは、かつてルソーが嘆いたように、「選挙の日だけ自由である」わけではない。選挙以外にも、民主主義を実現する方策は存在するのだ。

 第二のメッセージは、新たなアソシエーションとしてのファンダムである。トクヴィルアメリカにおいて発見したのは、普通の市民が他の市民と協力しながら、地域の課題を自ら解決していく技術(アート)であった。そのために彼が注目したのがアソシエーションである。このアソシエーションを現代的に翻訳すると、NPONGOになるということは、これまでも繰り返し論じられてきた。しかしながら本書では、実に意外なことに、いわゆる「推し活」などが話題になる、映画やドラマ、音楽などをめぐるファンの活動に着目している。

 

 これには驚いた。新しいアソシエーションをファンダムだと論じている。このあたり半信半疑で読んでいた。

 イギリスとフランスの民主主義が大きく違っていることなど、日本の民主主義ももう一度考えてみる必要が分かった。この辺のことをもう一度勉強してみなければならない。

 

 

 

資生堂ギャラリーの林田真季展を見る

 東京銀座の資生堂ギャラリーで林田真季展が開かれている(3月3日まで)。これは「shiseido art egg」の一つで、資生堂が新進アーティストを応援する公募プログラム。毎年3人が選ばれて資生堂ギャラリーで個展をし、中から一人が「shiseido art egg賞」を与えられる。今回が17回目になる。

 林田真季は1984大阪府生まれ、2007年に関西学院大学総合政策学部を卒業し、2022-2023年ロンドン芸術大学に在学した。

 ギャラリーのちらしによると、林田真季は、人間による利己的な行動が予期せぬ結果をもたらすという「意図せざる結果」の法則に注目する。そのアプローチは、リサーチに労と時間を費やすプロジェクトでもあり、テーマはイギリス沿岸部の過去のごみ埋立地の姿と日本各地の大規模不法投棄事案を問題とする。写真による視覚的ドキュメントと空間的なイメージの奥行きは、独自のインスタレーションを構成し、鑑賞者を新たな現実の考察へと導く、とある。

 

 この作品はイギリス沿岸部の過去のごみ埋立地の一つを写したゼラチン・シルバー・プリントに手彩色を施したもの。

 

 こちらは、東京23区にある全21の清掃工場の煙突がエッチング用プレートに描かれている。プレートの裏面には各イメージのタイトルとして、工場名と煙突の高さがエッチングされている。煙突の高さは、空港、高層ビル、高速道路、住宅などの周辺環境に応じて41mから210mまで様々で、景観や周辺住民への影響に配慮したデザインも多種多様である。

 

 奥の会場の展示では、イギリス沿岸部の過去のごみ埋立地で集めたガラスびんの破片を描写した。イギリスでは過去大量に埋め立てられた廃棄物の代名詞がガラスびんとのこと。

 

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林田真季展

2024年1月30日(火)―3月3日(日)

11:00-19:00(日・祝は18:00まで)月曜休館

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資生堂ギャラリー

東京都中央区銀座8-8-3 東京資生堂銀座ビル地下1期

電話03-3572-3901

https://gallery.shiseido.com/jp/