ガルリSOLの石垣むつみ展を見る

 東京銀座のガルリSOLで石垣むつみ展が開かれている(10月1日まで)。石垣は東京生まれ、文化学院デザイン科・芸術科を修了している。1993年に目黒のギャラリークラマーで個展を行い、その後ギャラリー砂翁や空想ガレリア、ギャラリーYORI、ギャラリー紡、ギャラリーf分の1、ギャラリーテムズ、ガルリSOL、ギャラリー五峯などで個展を開いている。



 石垣は色彩が優れている。今回は特に画面に植物の形が見えている。しかし、私は石垣の作品の何が優れているのか、明示的に言うことができない。ただ、作品の前に立てば優れた作品であることを確信できる。見ればストレートに心地よいのだ。

 石垣は村井正誠に師事したという。それはとても幸せな経験だったのではないか。村井正誠は戦後の画家のベスト5に数えられるだろう。その村井から親しく教えを受けたことが現在の石垣に影響を与えていないはずがないだろう。千里の馬は常にあれども伯楽は常にはあらず、という言葉を思い出す。

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石垣むつみ展

2022年9月26日(土)-10月1日(土)

11:00-19:00(最終日17:00まで)

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ガルリSOL

東京都中央区銀座1-5-2 西勢ビル6F

電話03-6228-6050

https://galerie-sol.com/

 

 

塚谷裕一『漱石の白百合、三島の松』を読む

 塚谷裕一『漱石の白百合、三島の松』(中公文庫)を読む。副題が「近代文学植物誌」とあり、植物学の専門家である塚谷が日本近代文学に登場する植物についてあれこれ論評している。

 本書に興味を持ったのは、須藤靖が「注文の多い雑文 その59」で推薦していたためだ(『UP』2022年9月号)。そこから引用する。

 

……漱石の作品にはしばしば百合が登場する。なかでも『それから』において「白百合」は重要な役割を果たしている。私レベルの読み手であれば、白く美しいものを象徴する花という漠然としたイメージを抱いて読み進めるだけであるが、漱石と植物をともに愛してやまないT先生(注:塚谷裕一)がそれで満足できるはずはない。色、香り、形態、季節など、小説中の記述を総動員して、その種類を徹底的に絞り込み、どちらかといえば消去法的にそれが山百合であるとの結論に至る。

 

 されに、塚谷はタイトルにもるように三島由紀夫が松を知らなかったというエピソードを取り上げる。塚谷の文章から、

 

……三島の取材旅行に(ドナルド・キーン)氏が同行したときのこと、三島が松の木を指さし、居合わせた植木屋に何を言うかと思ったら、「あの木は何と言うか」などと聞いたので、植木屋は「松です」と答えた。しかし、いくらなんでも松の木を知らないはずはないだろうと、植木屋は「雌松と呼んでいます」と付け加えたそうである。それに対して三島が「真顔で『雌松ばかりで雄松がないのに、どうして子松ができるの』と聞いた」ものだから、植木屋もキーン氏も驚きあきれた、という話である。

 ここでいう雌松とはアカマツのことだが、この逸話をもってキーン氏は、「都会っ子の三島氏は植物や動物の名前をろくに知らなかった」としている。

 

 これに対して、塚谷は三島が数々の小説の中で植物について詳しい描写をしていることから、三島は植物オンチではなかった、例の松の木の話は、雌松がアカマツの異称であることを三島が知らなかったというような、言葉の行き違いによる誤解だったのではなかろうか、と言っている。

 さて、三島が松を知らなかったかどうかは分からないが、月の出について詳しくはなかったことは、短編「孔雀」からよく分かる。

 

 彼は待った。夜光時計を見て、夜半を夙(と)うにすぎたのを知った。ひろい遊園地には音が全く絶え、目の前には豆汽車の線路が星あかりに光っていた。

 空には雲がところどころにあいまいに凝(こご)っていたが、風はなく、山の端(は)がおぼめいてきて、赤らんだ満月が昇った。月はのぼるにつれて赤みを失い、光を強め、孔雀小舎の影はあざやかに延びた。

 

 三島はここで「夜半を夙うにすぎて(中略)山の端がおぼめいてきて、赤らんだ満月が昇った。」と書いている。満月(十五夜)は日没後しばらくして昇るのだ。それから徐々に遅くなる。十七夜以降を立待月、居待月、寝待月、更待月などと呼ぶ(Wikipedia)ように、はじめ立って月の出を待っていたのが、だんだん遅くなるので座って待ち、寝て待つようになる。だから夜半をとうに過ぎて満月が昇ることはない。

 やはり三島由紀夫の自然理解はブッキッシュなものだったように思うのだが。

 本書を読み終わって、残念ながらさほど実りある議論とは思えなかった。

 

 

 

中島国彦『森鴎外』を読む

 中島国彦森鴎外』(岩波新書)を読む。鴎外の「決定版」評伝。私は漱石はほとんど読んだが鴎外はほとんど読んでいない。しかし漱石と並ぶ近代文学の重要作家だから読んでみなければなるまい。

 鴎外は『舞姫』を書いたようにドイツ留学中に恋人を作り、別れて帰国したとき彼女が日本へ追いかけてくる。陸軍軍医という立場から周囲が彼女を諦めさせて帰国させる。また二度目の奥さんと鴎外の母の葛藤も有名だが、それらのゴシップ的話題にはほとんど触れることがない。中島は鴎外の陸軍での経歴を追い、作品について割合丁寧に紹介する。淡々とした執筆態度だ。

 「鴎外没後の遺族」として、子供や孫たちが紹介されている。長男於菟(おと)の4男に樊須(はんす)がいる。森樊須は北海道大学理学部の教授で植物ダニの専門家だった。昔私が勤めていた出版社で森樊須先生に植物ダニの原稿を依頼したことがあった。

 本書を読んで私が読んだことがある鴎外の作品は、わずかに「高瀬舟」「最後の一句」「かのやうに」『ヰタ・セクスアリス』くらいだったことを思い出した。やはりもう少し読んでみなければいけない。

 

 

 

 

ガルリH(アッシュ)の木村桃子展を見る

 東京日本橋小舟町のガルリH(アッシュ)で木村桃子展「もれる光 のびる線」が開かれている(10月1日まで)。木村は1993年東京都生まれ、2017年に武蔵野美術大学造形学部彫刻科を卒業し、2019年に同大学大学院造形研究科修士課程美術研究彫刻コースを修了している。2019年にギャラリーface to faceとガルリHで個展をしていて、ガルリHでは今回が2回目となる。

小品


 ギャラリーの中央にレリーフ状の大きな木彫が2つ置かれている。掌を彫ったものだ。右手と左手で、大きな丸太を二つに割り、それぞれを掌の形に掘っている。高さがいずれも1200cm、幅がいずれも600cm、奥行が同じく300cmとなっている。

 正面の壁には自然木の枝状の作品が設置されているが、これは多くのピースを枝状に繋げたもの、しかも芯には光ファイバーが2本通されている。枝の断面から光を当てると、他の断面の光ファイバーの断面が光るのだ。

 そのほか小品が壁に数点設置されている。その一つ、モルタルと紙とインクの作品を紹介する。

 

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木村桃子展「もれる光 のびる線」

2022年9月18日(日)-10月1日(土)

12:00-19:00(最終日17:00まで)9/18、9/25、9/27休廊

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ガルリH(アッシュ)

東京都中央区日本橋小舟町7-13 東海日本橋ハイツ2F

電話03-3527-2545

https://galerie-h.jp

東京メトロ銀座線・半蔵門線 三越前駅A1・B6出口から徒歩5分

 

 

いりや画廊の岡本敦生展を見る

 東京入谷のいりや画廊で開廊10周年特別展 岡本敦生展「穴を掘る-2022」が開かれている(10月6日まで)。岡本は1951年広島市生まれ、1977年に多摩美術大学大学院彫刻科を修了している。1983年以来ギャラリー山口で11回個展、そのほか様々なギャラリーで個展を開いている。朝倉文夫賞、中原悌二郎優秀賞などを受賞。

 今回大きな石彫が2点展示されている。どちらも玄武岩の玉石で、大きな方は2トンもあるという。床に置かれたもう1点は黒御影石。ほかに小品数点が台の上に並んでいる。

御影石

小品


 大きな石に何本もパイプが生えているような造形。何とこれが1個の大きな石から掘り出されている。その造形感覚にも、彫刻技術にもただ驚かされる。岡本は大きな玉石の原石に穴を穿つ。ついでその穴の周りを掘り進んで筒状の形態を掘り出す。その結果作られた不思議な造形。

 こんな見たことも聞いたこともない造形が現実に存在するという驚き。何度も作品の周囲を回って見てしまう。これを石から切り出しているという不思議。開廊10周年特別展に相応しい個展だ。

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いりや画廊 開廊10周年特別展 岡本敦生展「穴を掘る-2022」

2022年9月13日(火)-10月6日(火)

11:30-19:30(日曜休廊)

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いりや画廊

東京都台東区北上野2-30-2

電話03-6802-8122

http://www.galleryiriya.com

東京メトロ日比谷線入谷駅出口1より徒歩1分