穂村弘『短歌ください』を読む

 穂村弘『短歌ください』(メディアファクトリー)を読む。雑誌『ダ・ヴィンチ』誌上で短歌を募集し、応募された短歌を穂村が選びコメントしている。
 面白い作品を拾ってみる。

好きでしょ、蛇口。だって飛びでているとこが三つもあるし、光っているわ (陣崎草子・女・31歳)
イカ墨のパスタを皿に盛るように洗面器へと入れる黒髪 (麻倉遥・女・25歳)
野菜ならどんなものでも漬け物にすると宣言父の信念 (晴家渡・男・26歳)
タツムリ踏み潰すのに似ているね そんなところにキスをすること (ゆず・女・18歳)
一秒でもいいから早く帰ってきて ふえるわかめがすごいことなの (伊藤真也・男・35歳)
ちんちんを股にはさんで「女」ってやるのは日本の男だけなの (日野寛子・女・33歳)
脱がしかた不明な服を着るなってよく言われるよ 私はパズル (古賀たかえ・女・30歳)

 さて、面白い短歌が並んでいる。しかし、様々に並ぶ短歌を読み終えて、意外に面白くなかった。おそらく穂村も受ける短歌を選び、応募者も受けそうな短歌を応募しているから。やはり受け狙いのものは底が浅いのではないかと思ってしまう。

 

 

短歌ください (角川文庫)

短歌ください (角川文庫)

  • 作者:穂村 弘
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2014/06/20
  • メディア: 文庫
 

 

穂村弘=監修『はじめての短歌』を読む

 穂村弘=監修『はじめての短歌』(成美堂出版)を読む。穂村は日経新聞の短歌欄の選者をしている。そこに送られてきた短歌を例にとってそれを改悪などして、良い短歌悪い短歌を解説している。

空き巣でも入ったのかと思うほどわたしの部屋はそういう状態     平岡あみ
空き巣でもはいったのかと思うほどわたしの部屋は散らかっている    改悪例

 穂村は、「散らかっている」の方は誤読の余地がない正しい情報が伝えられる書き方でビジネス文書に適しているという。「そういう状態」は「え、どういう状態?」って一瞬考える。一瞬考えるっていうのはコミュニケーションだという。心の動きが発動すると。
 良い短歌、悪い短歌がよく分かる。そういう意味では手軽な短歌の入門書とも言えるし、穂村の機知が現れていて感心する。しかしながら文章がちょっとかったるい印象だ。あとがきに、本書について2013年度の慶應丸の内キャンパスにおける短歌の入門講座がもとになっているとある。そのうちの主に講義部分を再構成したものだとある。それで穂村弘著ではなく監修になっている。
 いうなれば講義を書籍化したので、文章がちょっとかったるく感じられたのか。
 発行元の成美堂出版というと思い出すことがある。知人の植物学者が成美堂から普及版の植物図鑑を出版した。その奥付が再版以降を「題〇刷発行」ではなく、「重版発行」となっていた。著者に訊けば原稿買い切りなのだという。最初に原稿料が支払われて、その後増刷しても印税は支払われない。成美堂のすべてがそうなのかは分からないが、原稿買い切りの出版社はほかにもあり、特殊な方式とは言えない。ただ、少しばかり違和感がある。もっとも印税方式の出版社でも支払いが異常に悪いところよりは増しかもしれない。

 

はじめての短歌 (河出文庫 ほ 6-3)

はじめての短歌 (河出文庫 ほ 6-3)

 

 

小林信彦『和菓子屋の息子』を読む

 小林信彦『和菓子屋の息子』(新潮社)を読む。副題が「ある自伝的試み」とある。小林の生家は京保年間創業の老舗の和菓子屋だった。店舗兼工場兼住宅は両国にあった。地名が変わって今は東日本橋という。現在の両国は昔は東両国と言った。戦前東京の盛り場の中心はこの旧両国だった。小林の父は老舗の和菓子屋立花屋の9代目だった。立花屋本店は戦後父の9代目で店を畳んだ。小林は自伝とからめてこの老舗の最後を書いておきたいという。ここが本当の下町で、浅草とか隅田川東側は本当の下町ではないし、下町人情とか言われているものは寅さん映画が作ったものだ。葛飾柴又は下町ではなく東京のはずれだ。だから戦前の本当の下町を記録しておきたいという。
 あとがきに、「自分の生まれた家と町について記録を残しておかなければならない、と思った」とある。

 一つには、〈戦前の下町〉というものが正確に書き残されていない事情がある。明治、大正については色々あるが、昭和となると殆ど無に等しい。昭和10年代のモダニズムの下町、特に家の中の空気をきちんと書いておきたい。

 それが成功しているのは、青山に住んでいた母方の祖父が詳しい日記を付けていて、それを参照できたことだ。筆まめで、当時の行事で行った料亭やレストランのメニューまで貼付されていた。
 小林信彦は1932年に生まれている。昭和7年だ。終戦のとき中学1年生になった。父親は老舗の旦那でありながらおしゃれで新し物好き、自家用車のオースチンに乗っていた。和菓子屋じゃなくて自動車整備工場をやりたかったという。小林は小さい頃から映画館に通っている。そのことは小林の『アメリカと戦いながら日本映画を観た』に詳しく書かれている。
 東京の本当の下町の姿や、老舗の没落の歴史など、今まで書かれていないから本書を執筆したというが、本当に興味深く面白い。社会学者などが調査して外から見た下町を書くことができても、当事者が内側から見て書いたということから大変貴重なものだと思う。それも小林信彦という作家が書いているのだから。
 大変面白い読書だった。良くないのは題名だけだった。

 

 

和菓子屋の息子―ある自伝的試み (新潮文庫)

和菓子屋の息子―ある自伝的試み (新潮文庫)

  • 作者:小林 信彦
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1999/04
  • メディア: 文庫
 

 

ギャラリー川船の「歳末正札市」が始まった

 東京京橋のギャラリー川船で「歳末正札市」が始まった(12月14日まで)。160点の作品が画廊の壁を覆っている。いずれも大変安い価格が付けられている。
 一例をあげると、青木野枝のオブジェがあるがこれは24万円、今西中通のデッサン、鶴岡政男のパステル画、村井正誠の油彩、鳥海青児の油彩、これは70万円するがいい作品だ。関四郎五郎の油彩があるが4万5千円。四谷十四雄が11点もある。浜田浄もあった。そして一番高額なのが草間彌生の赤い立体で110万円だった。

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 見るだけでも興味深い。ぜひ画廊へ足を運んでみてほしい。ギャラリー川船のホームページには主な作品の画像と作品リストが掲載されている。
     ・
歳末正札市
2019年12月9日(月)−12月14日(土)
11:00−19:00
     ・
ギャラリー川船
東京都中央区京橋3-3-4 フジビルB1F
電話03-3245-8600
http://www.kawafune.jp/

 

山本弘の作品解説(94)(題不詳)

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 山本弘(題不詳)、油彩、F4号(24.0cm×33.5cm)
 1976年制作。山本弘46歳。最晩年の作品になる。それにしてはこの単純な構図は何だろう。キャンバスの裏には山本以外の筆跡で「静物」とある。画面の右下には「ヒロシ」とサインがされている。この片仮名のサインは晩年に時々見られるものだ。漢字の「弘」のサインとはどう書き分けていたのか分からない。
 誰かが「静物」と書いたように、蜜柑のようにも見える。中央に黄色い丸を描き、周囲を太い黄緑色の絵具で隈取っている。もしかすると泥流を流れていく蜜柑だろうか。だが蜜柑ではないのではないか。針生一郎さんが山本は象徴主義だと言われたことがある。
 いくつかの作品で、山本は自分の人生を顧みてそこから得たモチーフを造形した作品を作っている。完成した作品には山本の抱いたモチーフはもう読み取れないことが多く、山本にとってモチーフを顕在化することは重要ではなく、それをきっかけにしているのではないかと思うようになった。そうすると、この絵も蜜柑とか静物などではなく、このような形を描いたということなのかもしれない。
 周囲の微妙に色彩の入りまじる灰色の地色の中央に透明感のある黄色が輝いている。不思議な作品だ。