中島定彦『ネズミはなぜ回し車で走るのか』を読む

 中島定彦『ネズミはなぜ回し車で走るのか』(岩波科学ライブラリー)を読む。表紙カバーに、

いつまで走るの?

楽しいの?

つらくないの?

何気ないその素朴な疑問に、科学が答える

 

とあり、これは面白そうと手に取った。回し車で走るのはネズミだけではない。多くの動物が回し車に自分から入って走り出す。ネズミの仲間はもちろん、フェレット、アカギツネ、ヤマネコ、ウサギ、アカゲザル、ニワトリなども。回し車での1日の走行距離は、実験用ラットで43km、レミングで19km、実験用マウスで16km、ゴールデンハムスターで9kmに及ぶという。

 なぜ回し車で走るのか。どうもそれが楽しいかららしい。ラットは楽しいとき、つまり仲間との社会的遊びや交尾のとき、食事時、嗜好性薬物を投与されたときに喜びの声を上げるという。うーん、交尾のときに喜びの声をあげるんだ、ちょっと恥ずかしくないか。で、ラットは回し車で走ると喜びの声をあげた。

 人間はマラソンのように長時間走り続けると、次第に苦しさが増してくるが、それを我慢して走り続けるとある時点から、快感・恍惚感が生じることがある。これが「ランナーズ・ハイ」である。その原因は脳内に生成されるエンドルフィンやカンナビノイドだという説がある。ラットやマウスなどでもエンドルフィンやカンナビノイドの上昇が報告されている。

 しかしまた、ラットは走りすぎると吐き気が生じる。吐き気が生じるとラットは土を食べる。回し車で1時間走ったラットは土を食べた。

 回し車で走るのはネズミの仲間だけではない。なんとナメクジやカタツムリ、ゴキブリも回し車で走ったという。

 さて、本書についてだが、そこそこ面白かった。ただ、このテーマならもっと面白く書けたのではないかと過剰な期待をしたのだった。私は「岩波科学ライブラリー」のファンで、本シリーズでは何度も優れた研究成果を読んできたのだから。

 

 

 

Stepsギャラリーの出店久夫展を見る

 東京銀座のStepsギャラリーで出店久夫展が開かれている(2月18日まで)。出店久夫は1945年福井県生まれ、数々のギャラリーで個展を開いてきた。来年には丹波市立植野記念美術館で個展が予定されている。

 出店の作品についてギャラリーオーナーの吉岡まさみがブログに紹介しているので、それを引く。

出店久夫のコラージュ

                                                                                 吉岡まさみ

 コラージュ作品というのは、雑誌や新聞などの印刷物から写真や文字などを切り取って並べ直して貼りつけたものをそう呼ぶことがほとんどだ。ダダやシュルレアリスムの作家が手掛け、独特の世界を作ったが、それはイメージの思いがけない「出会い」であるディペイズマンと呼ばれる方法や考え方に依拠している。コラージュは「貼る」という意味だが、このことばはシュルレアリスム的な作品に付与されることがほとんどだ。

 出店久夫の作品もシュルレアリスムのコラージュに分類されてもよいわけだが、ダダやシュルレアリストの作品と違うのは、出店の使う写真は、印刷物ではなく自身が撮影した写真を使っているという点だろう。印刷物ではなく生写真なのだ。作品に使用される写真は、異様なイメージに溢れているため、印刷物を使っているように思ってしまうのだが、すべて自分で写した光景なのだ。最近では写真というとデジタルカメラを使って撮られたものがほとんどなのだが、出店はフィルムカメラを使い、自分で現像して印画紙に焼き付ける。蛇足になるが、こういうやり方は、途方もなく高くつく。しかし、出店は、自分で撮影して、自分で焼き付けるという方法にこだわっている。しかもカラーではなくモノクロである(部分的に色がついている箇所もあるが、これは手彩色である)。

 出店のように、生の写真をコラージュする作家はほとんど見当たらない。デイヴィッド・ホックニーは対象を分割して撮影し、画面の上で貼り合わせ一枚のイメージを作り上げるという作品を作っているが、これは厳密な意味でのコラージュではないだろう。ダダの画家ハンナ・ヘーヒはそのコラージュ作品で有名だが、彼女の作品にも生の写真を使ったものがある。しかし、これは彼女が「自分で」撮影したものではなく「自分を」写した写真なのだ。

 さて、出店の作品を見てみよう。写真のモチーフは、象、花、マネキン、少年、踊る人、と脈絡のない画像が同じ平面に並べられて、異様な風景を作り上げている。街の風景の中に散りばめられたイメージは、シュルレアリスム独特の水平線、地平線を遠景に、不気味と言っていいようなちょっと怖いような世界を繰り広げている。さらに彼の作品を特徴づけている技法に、画像の反転がある。一枚の写真を左右反転させて鏡に映ったように見せるのだ。左右の反転だけではなく、上下の反転もできるわけだが、これは写真だからこそできる画面なのだ。同じイメージが繰り返されることで、何が本来あった風景なのかわからなくなってしまい、わたしたちのよって立つ位置をあやふやで不確かなものであることを強調する。この不安定な画面は際限なく増殖していき、世界を埋め尽くしていくように見える。

 出店の描く世界は、不気味で異様なのだが、さて、現代のわたしたちが住むこの現実世界と比べてどちらがより不気味に見えるだろうか。

 


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出店久夫展

2026年2月9日(月)-2月18日(水)

12:00-19:00(土曜日と最終日17:00まで)日曜休廊

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Stepsギャラリー

東京都中央区銀座4-4-13琉映ビル5F

電話03-6228-6195

http://www.stepsgallery.org

 

セイソン&ベネティエールのアンドレ・マルファン展を見る

 東京銀座のセイソン&ベネティエールでアンドレ・マルファン展が開かれている(3月7日まで)。アンドレ・マルファンは1925年フランス トゥールーズ生まれ、24歳でパリに移り、ピエール・スーラージュらと友情を築き、抽象画を描き始める。墨絵のようでありながら、日本や中国の墨絵を知らないで描いていたという。1978年に亡くなる。

 初めて聞く画家だったが、30号くらいの作品で数百万円するという。ポンピドゥーセンターやパリ市立近代美術館、ベルギー、デンマーク、スイス、アメリカなどに多数所蔵されていると言う。


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アンドレ・マルファン展

2026年1月22日(木)-3月7日(土)

11:00-19:00(日曜・月曜休み)

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セイソン&ベネティエール

東京都中央区銀座5-12-6 Cure Ginza 8F

電話03-6260-6228

https://www.ceyssonbenetiere.com/ja

 

 

東畑開人『カウンセリングとは何か』を読む

 東畑開人『カウンセリングとは何か』(講談社現代新書)を読む。今たいへん評判で、なるほど面白い。東畑は専門のカウンセラーで白金高輪でカウンセリングルームを主宰している。そして実際のカウンセラーの仕事を詳しく紹介している。

 カウンセリングはフロイトユングアドラーから始まり、東畑は臨床心理学第4世代にあたるという。相談者(ユーザーと言う)と最初に会って(初診)、悩みとか問題点を聞く。同時に経済的なことも確認する。カウンセリングは結構お金がかかるらしい。

 私は30年ほど前にフォーカル・ディストニーという病気で防衛医科大学病院に通っていた。そこの整形外科の先生を紹介されたから。月に1度通っていて、診察料は毎回数百円だった。もし同じ病気で診療内科に通ったら、毎回1~2万円かかると言われた。また脳神経外科に通ったら脳に細い針を刺す治療を行ったという。診療内科やカウンセリングは費用がばかにならないのだ。

 東畑のユーザーの一人は週1回通うのを8年間続けたらしい。1回1万円だとしたら年間50万円で、それを8年間なら400万円になる。

 カウンセリングとは何か。東畑は、それを「不幸を謎解きする」という。謎解きの結果として、二つの指針が出てくる。「現実を動かす」と「心を揺らす」で、「現実を動かす」のが作戦会議としてのカウンセリングで、そこでは生存が目指される。まず身体を動かし、環境を動かし、からだを動かし、視点を動かす。まず心じゃないものを変化させ、そのあとに心の表面を変化させる。

 これに対して「心を揺らす」は、冒険としてのカウンセリングで、そこでは実存が取り組まれ、いかに生きるかが模索される。そのために、硬化していた心の表面を緩ませ、その裏にあった未成熟なままにとどまっていた心の再発達が目論まれた。

 このようにして、「破局を生き延びること」が達成される。

 本書を読んで、私も若かったころ、経済的にもゆとりがあったらカウンセリングを受けてみたかったと思った。あの頃いろいろ思い悩むことが多かったから。まさに悩み多き青年だった。それを解決するために読書に励んだのだった。

 本書は440ページと通常の新書の倍のページ数がある。その訳は、東畑が丁寧に書いているからだ。どうしてこんなに丁寧な書きぶりなのか。おそらく、東畑は普段必ずしも理解力があるとは限らない多くのユーザーを相手にしているので、どうしてもクソ丁寧な説明が身についてしまっているのだろう。

 むかし赤坂ACTシアター鄭義信演出、沢村一樹主演の芝居『しゃばけ』を見たことがあった。客席数1300という大きな劇場でS席1万円だった。あの『焼肉ドラゴン』の作・演出の鄭義信がクソみたいな演出をしていた。必要以上にくどくストーリーを念押しし、飛躍が全くない平板な演出だった。1300席を埋めるためにそんなアホみたいな演出が求められたのだろう。カウンセリングのユーザーたちも『しゃばけ』の観客とあまり変わらないレベルなのではないかと推測したのだった。

 

 

 

いりや画廊の島久幸遺作展を見る

 東京入谷のいりや画廊で島久幸遺作展が開かれている(2月14日まで)。島久幸は1953年奈良県生まれ、1978年に東京藝術大学美術学部彫刻科を卒業し、1991年に同大学大学院博士課程を満期退学している。1993-94パリに滞在する。1980年真木画廊で初個展、以来都内を中心に多くの個展を重ねてきた。2023年死去。

 パンフレットの勝田徳朗のテキストから、

島君は1990年前後に完成度の高い作品を次々に制作発表し、特にプリコラージュ的作品やミケランジェロデュシャン作品、仏像を解体再構築するような作品に行き着き、一つのピークを迎えていたようでした。

「Senju」

「裸婦とピエタの間に」

「カフェのドアボーイ」と「葬儀人夫」

「鉛の亀」



 画廊には大作「Senju」(千手観音?)や「裸婦とピエタの間に」が設置され、また多数の小品も並んでいる。いりや画廊は広く大型作品が何体も展示できるが、美術館のような広い空間でゆったり展示できる機会があることを望んだのだった。

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島久幸遺作展

2026年2月2日(月)-2月14日(土)

11:30-19:00(2/7、2/11は17:30まで、最終日16:00まで)日曜定休

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いりや画廊

東京都台東区入谷2-13-8

電話03-6802-8122

http://www.galleryiriya.com

東京メトロ日比谷線入谷駅出口1番または出口3番より徒歩6分