小田急デパート新宿本店美術画廊の半田強展を見る

 東京新宿の小田急デパート新宿本店10階美術画廊で第21回半田強展が開かれている(10月22日まで)。半田は1948年、山梨県笛吹市石和町生まれ。1970年に国画会展に初出品し、以来毎年出品している。1979年に小田急百貨店新宿店で個展をし、以後現在まで隔年で開催している。また1988年に銀座の瞬生画廊で個展をし、これまた現在まで隔年で開催している。
 若い頃美術評論家坂崎乙郎に見いだされ、紀伊国屋画廊で開いた個展を小田急の美術部の社員が見に来て、それ以来小田急で定期的に個展を開いているという。私も90年代から瞬生画廊の個展を見てきた。どこかデュビュッフェを感じさせるプリミティブな画風だ。7人の男女が描かれた大きな作品「明日へ繋ぐ」は、犬や鳥、猫やトンボに蟻やカマキリ、蝶などが描かれた楽しい画面だ。

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 台風の被害のために、住んでいる山梨から新宿へ出てくるのが大変だったと話していた。
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半田強展
2019年10月16日(水)→10月22日(火)
10:00→20:00(最終日は16:30まで)
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小田急百貨店新宿本館10階=美術画廊
電話03-3342-1111(大代表)

アートギャラリー環の野津晋也展「指の銀行」を見る

 東京神田のアートギャラリー環で野津晋也展「指の銀行」が開かれている(10月27日まで)。野津は1969年島根県松江市生まれ、1992年に鳥取大学農学部を卒業した。さらに2000年に東京芸術大学美術学部油画専攻を卒業し、2002年に同じく東京芸術大学大学院油画専攻を修了している。今までにアートギャラリー環や表参道のMUSEE Fなどで個展を行っている。野津は現在の日本では数少ないシュールレアリズムの画家だ。
 野津は水彩でおおまかな色を塗り、その形に合わせてペンで形を描くという。水彩で描かれたあいまいな形を活かして、その偶然の形をも利用して絵を完成させている。またしばしばビルを描いているが、子どもの頃から建物が好きで描いているという。俯瞰した構図というのも変わらない。建物からは手が伸びてきたり、ナイフやフォークがぐにゃりと曲がっていたりする。

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アートギャラリー環は、JR神田駅東口を出て中央通りを右折し(三越方向へ向かい)、カメラのキタムラの先を右折、すぐに老舗の蕎麦屋「砂場」があり、その手前を左折するとすぐ。(徒歩3−4分)
あるいはJR新日本橋駅または地下鉄三越前駅下車、連絡通路にて2番出口より徒歩3−4分
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野津晋也展「指の銀行」
2019年10月14日(月)−10月26日(土)
11:00−18:30(最終日は17:00まで)日曜日休廊
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アートギャラリー環
東京都中央区日本橋室町4-3-7
電話03-3241-3920
http://www.art-kan.co.jp/

表参道ギャラリーの渡辺好明遺作展を見る

 東京港区の表参道ギャラリー+MUSEE Fで渡辺好明遺作展が開かれている(10月19日まで)。DM葉書の文章を引く。

2009年に急逝された美術家・渡辺好明はロウソク等を使用した屋内外のインスタレーションで周知されています。「プラトン立体や黄金比フィボナッチ数列などの生成の法則とロウソク列の燃焼プロセスの相克に、光として現前し去りゆく時間の相を変奏する渡辺好明」(鷹見明彦企画展《SYNAPHAI-連系》2003年より抜粋)の没後10年を機に現代美術史に大きく貢献した足跡を実作を前に再考したいと存じます。

 渡辺がもう10年前に亡くなっていたのか。銀座の画廊などで、燃え残ったロウソクを棒グラフのように壁際に連ねた作品を何度も見てきた。亡くなっていたことは知らなかった。享年54歳。渡辺と同じ年に生まれた鷹見明彦も2年後に亡くなっている。
 表参道画廊にはロウソクのインスタレーションが展示され、隣室のMUSEE Fには幾何学的な作品が展示されている。

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 鷹見には銀座の路上で会って立ち話をしたことがある。もう20年も前になるのか。
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渡辺好明遺作展
2019年10月7日(月)-10月19日(土)
12:00-19:00(最終日17:00まで)
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表参道ギャラリー+MUSEE F
東京都渋谷区神宮前4-17-3 アーク・アトリウムB02/B03
電話03-5775-2469
http://www.omotesando-garo.com

 

ギャラリーQの井上修策展「-幻-」を見る

 東京銀座のギャラリーQで井上修策展「-幻-」が開かれている(10月19日まで)。井上は1984年に武蔵野美術大学造形学部油絵学科を卒業している。長年ギャラリー現で個展を開いていたが、一昨年ギャラリー現が閉廊したため去年からギャラリーQで開催している。
 今回のテーマはシンメトリーらしい。入り口を入ってすぐに大きな千手観音の像がある。これはよく見ると左半身だけが作られており、それを大きな鏡に接しておいて全身像が現れるようにしている。井上は美しいものは左右対称だと言う。
 また小さなオブジェのようなものがルーペの下に置かれていて、三葉虫のようなホタルや、タマムシやミニチュアの仏像が展示されている。
 スクリーンに投影されているのは、金の仏具のようだが、これはすべて井上が墨で描いたものをアイパッドのソフトで金に加工しているのだという。それもあえてシンメトリーを壊していると。

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 井上は多彩な作家で、今までやってきたことは繰り返したくないという。さて、今回の展示をどう評価すべきか。
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井上修策展「-幻-」
2019年10月14日(月)-10月19日(土)
11:00-19:00(最終日17:00まで)
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ギャラリーQ
東京都中央区銀座1-14-2 楠本第17ビル3F
電話03-3535-2524
http://www.galleryq.info

 

内田樹『街場の天皇論』を読む

 内田樹『街場の天皇論』(東洋経済新報社)を読む。副題が「ぼくはいかにして天皇主義者になったのか」、内田の天皇論である。雑誌編集者から「天皇と近代は両立するのか」と問われて、

 現に両立しているじゃないですか。むしろ非常によく機能していると言っていい。象徴天皇制日本国憲法下において、昭和天皇と今上陛下(平成天皇)の思索と実践によって作り上げられた独特の政治的装置です。長い天皇制の歴史の中でも稀有な成功を収めたモデルとして評価してよいと私は思います。国民の間に、それぞれの信じる政治的信条とも、宗教的立場ともかかわりなく、天皇に対する自然な崇敬の念が穏やかに定着したということは近世以後にはなかったことじゃないですか。江戸時代には天皇はほとんど社会的プレゼンスがなかったし、戦前の天皇崇拝はあまりにファナティックでした。肩の力が抜けた状態で、安らかに天皇を仰ぎ見ることができる時代なんか、数百年ぶりなんじゃないですか。

 丸谷才一も、国賓に対して日本を代表して天皇が会っているが、天皇がいなかったら田中角栄小泉純一郎が日本を代表することになる。それよりずっといいのではないか、と言っていた。
 しかし、平成天皇今上天皇が好ましい人格であるからと言って、将来、明治天皇の孫にあたる竹田恒泰のような人物が天皇にならない保証はない。天皇個人の人格にある種の僥倖を期待しなくてならないというのは、未来として不安定ではないだろうか。天皇がどんな人格をもっていても、それが政治に反映しないことを考えなければならないのではないだろうか。

 

 

 

街場の天皇論

街場の天皇論