スタニスワフ・レム『火星からの来訪者――知られざるレム初期作品集』を読む

 スタニスワフ・レム『火星からの来訪者――知られざるレム初期作品集』(国書刊行会)を読む。スタニスワフ・レム・コレクションの1冊。「火星からの来訪者」はレムの最初のSF中篇小説。ファースト・コンタクトものの作品で、アメリカに到着した火星人との遭遇を描いている。レムのことだから、火星人と言っても全く人間ぽくはなく、「脳の形をしたゼリー状の光る物質を持った金属製の円錐体」がその正体だ。しかしレムが長く若書きとして封印していたというように、完成度は今一歩の感が強い。

 ほかに4篇の初期短篇と初期詩集が収録されている。4篇の短篇はいずれも非SF小説で、ナチ・ドイツのユダヤ人収容を描いたものや、アメリカの広島への原爆投下を描いたものなどだ。

 「青春詩集」は12篇の詩が集められている。本書は3人の訳者が翻訳を担当しているが、この詩集のみ沼野充義が担当している(他は芝田文乃と木原慎子)。沼田は解説も担当している。さて、この詩集の翻訳が気に入らない。もちろん私にはポーランド語など全く分からない。しかし御大沼野が訳しているのだから訳は正確なのだろう。あるいは原詩が悪いのだろうか、あるいは訳が正確でも詩の言葉になっていないのだろうか。「青春詩集」だけは面白くなかった。

 

 

 

ギャラリーなつかの遠藤美香展を見る

 東京京橋のギャラリーなつかで遠藤美香展が開かれている(8月3日まで)。遠藤美香は1984静岡県生まれ、2007年日本芸術大学美術学科版画専攻を卒業し、2009年愛知県立芸術大学大学院美術研究科油画・版画領域を修了している。2009年にギャラリーなつかbisで初個展、以来ギャラリーなつかなどで個展を開いている。2022年には浜松市美術館で個展が開かれ、2023年には「VOCA展2023」にも選ばれている。

「道」

「道」の一部

「道」の一部

「ここに根を生やす」

「柿」



 今回のメインは大きな木版画「道」で左手の壁一杯に展示されている。これが天地183m、左右382cmもある。また「ここに根を生やせ」は天地91m、左右182cmの大作。そして「柿」は天地左右それぞれ91cmという大きさだ。

 いずれも気持ちの良い作品だ。隣室の小さなスペース(クロス・ビュー・アーツ)には小品が並んでいる。作品を通して遠藤美香のやさしい性格が伝わってくる。

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遠藤美香展

2024年7月16日(火)―8月3日(土)

11:00-18:30(土曜日は17:00まで)日曜休廊

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ギャラリーなつか

東京都中央区京橋3-4-2 フォーチュンビル1F

電話03-6265-1889

http://gnatsuka.com/

 

 

ギャラリーHAGISOの川口祐展を見る

 東京谷中のギャラリーHAGISOで川口祐展「HOPE」が開かれている(8月4日まで)。川口祐は1970年東京生まれ、2003年から3年間ギャラリイKで個展をし、その後数カ所のギャラリーで個展を開き、2013から2016年までSTORE FRONTで、2018年にはスイッチポイントギャラリーで個展をしてきた。最近はここHAGISOで個展を行っている。

 川口祐の言葉、

有史以来、我々は常に土地を争って来た。ウクライナに住む人々にとっては郷土であり、領土では無い。

またアメリカンインディアンは土地を所有する概念が無いと言う。ここHAGISOの床に、地面絵画を作ってみる。そこはどこなのだろうか。皆さんに足を踏み入れて欲しいと思います。

 


 川口の言葉どおり、ギャラリーの床に抽象的な絵が描かれている。足を踏み入れて欲しいというように、カフェのお客さんがベビーカーを乗り入れて(?)いる。私も土足で踏み込んでみた。良いのだろうかと少し不安な気持ちになる。それは他国へ侵入することのアナロジーなのだろうか? 絵画に土足で踏み込むのに平静ではいられないのだから、そこが他国なら正常な気持ちでいられるはずがない。そういうことなのだろうか?

 前回は通販に使われた段ボール箱の切れ端を作品として展示していた(この時は大川祐の名前だった)。一見して何かニュートラルな印象を与える展示だが、川口はなかなか尖がった作品を提出しているのだ。

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川口祐展「HOPE」

2024年7月10日(水)―8月4日(日)

8:00-10:30、12:00-17:00(金・土・日は20:00まで)

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HAGISO

東京都谷中3-10-25

https://hagiso.com/hagiso/

※JR日暮里駅から夕焼けだんだんを降り、坂下を左折、岡倉天心記念公園の前

 

 

ギャラリー58の川崎英世展を見る

 東京銀座のギャラリー58で川崎英世展が開かれている(7月20日まで)。川崎英世は1981年生まれ、2019年にCLOUDSギャラリー、2020年と2022年にギャラリー美庵で個展を開いている。

「DELUGE」

「DELUGE」の部分

「DELUGE」の部分


 川崎はパネルにペンで精密な抽象画を描いている。そのパネルが大きい。「DELUGE」と題された作品はS50号(116.7 × 116.7cm)の大きさだ。密度の高い仕事に感嘆してしまう。

 川崎は画家が本業ではなく、多忙な仕事の合間に制作しているという。それで年齢の割に個展が今回でやっと4回目なのだ。

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川崎英世展

2024年7月15日(月)―7月20日(土)

12:00-19:00(最終日17:00まで)

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ギャラリー58

東京都中央区銀座4-4-12 琉映ビル4F

電話03-3561-9177

http://www.gallery-58.com

 

 

 

白石典之『元朝秘史』を読む

 白石典之『元朝秘史』(中公新書)を読む。副題が「チンギス・カンの一級資料」というもの。まさにモンゴル帝国を築いたチンギス・カンの物語。『元朝秘史』にはモンゴル遊牧民叙事詩という側面もある。ドイツの『ニーベルンゲンの歌』やわが国の『平家物語』にも勝るとも劣らない中世文学の傑作と言っている(序章より)。

 日本では那珂通世や小沢重男、岩村忍、村上正二らの訳書や研究があるが、白石は訳注本ではないガイドブックにしたいと本書を位置付けた。本書は原本に即した解説書だと言える。

 チンギス・カンは小さな部族のリーダーから始めてモンゴル帝国という中国からヨーロッパにまたがる大帝国を築き上げた。(彼一人ではなく子孫たちも含めた功績だが)。ある時は敵を殺し尽くし、女子供は奴隷にし、配下に分配する。敵の王の妻や娘が美しければ奪って、自分や息子の妻にする。敵の首領の弟の姉娘をチンギスが娶り、妹娘ソルカクタニ・ベキをチンギスの4男が妻とした。その後ソルカクタニ・ベキの生んだ男子2人が、モンゴル帝国の第4代モンケ、第5代クビライという君主になった。

 チンギス・カンの一生は周辺の国との戦争に明け暮れしたものだった。彼は国が大きくなるにつれ、国の組織も再編したが、『元朝秘史』で語られるのは専ら戦争の記録だ。勝利だけではなく敗北も描かれている。ただ、古い資料で記述に矛盾も多く。それらを研究する学問が各国で進んでいるが、日本の研究は世界に冠たる水準だという。この辺りのことも少し読んでみたい。