ギャラリーQの土方英俊展を見る

 東京銀座のギャラリーQで土方英俊展が開かれている(9月21日まで)。土方英俊は1977年三重県生まれ、2003年に東京造形大学造形学部美術学科絵画専攻を卒業し、2007年に正眼短期大学禅・人間学科を卒業している。2004年にギャラリーエスで初個展、以来20年ぶりの個展となる。

 土方によると、これらの作品はスポイトで1滴ずつ滴下された無数のアクリル絵具の雫の集積で構成されている。技法的にみるとそれはドリッピングだが、ポロックのアクションドリッピングと異なり、土方のはきわめて静的なもので、例えるなら鍾乳洞の天井から滴り落ちる水滴が膨大な年月をかけて鍾乳石を作り出していくイメージだという。このような制作プロセスは禅の修行と深いところで通底しているように思うとのこと。



 なぜ最初の個展から20年も間を空けたのか問うと、禅宗の修行をして僧侶をしているという。宗派は臨済宗とのこと。

 絵具の滴下で造形された画面は、そこに長時間の制作の時間が堆積しているのだった。単色の絵具だけを使って造形された画面は、なるほど禁欲的で禅の精神に通底しているという表現が納得できるものだった。魅力的な新しい作家の登場を歓迎したい。

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土方英俊展

2024年9月16日(月)-9月21日(土)

11:00-19:00(最終日17:00まで)

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ギャラリーQ

東京都中央区銀座1-14-12 楠本第17ビル3F

電話03-3535-2524

https://www.galleryq.info/

 

コバヤシ画廊の村上早展を見る

 東京銀座のコバヤシ画廊で村上早展が開かれている(9月21日まで)。村上早は1992年群馬県生まれ。2014年に武蔵野美術大学造形学部油絵学科版画専攻を卒業し、2017年同大学大学院博士後期課程中退。毎年コバヤシ画廊で個展を続けていて今年が9回目になる。2016年ワンダーウォール都庁で初個展、ついでコバヤシ画廊、東京オペラシティアートギャラリー、アンスティチュ・フランセ東京ギャラリー、中国北京のギャラリーなどで個展を続けている。

 受賞歴も2014年のシェル美術賞展入賞、FACE2015の優秀賞、山本鼎版画大賞展で大賞、トーキョーワンダーウォール公募2015のトーキョーワンダーウォール賞、群馬青年ビエンナーレ2016優秀賞、アートアワードトーキョー丸の内2016フランス大使賞など、輝かしい実績を誇っている。上田市立美術館で個展も開かれた。

「はおる」

「橇と馴鹿1」

「橇と馴鹿2」

「のこぎり」

「いだく」


 着ぐるみのようなものに抱かれていたり、その着ぐるみのようなものから出てきたり、橇と馴鹿では地上に落下してしまった橇と馴鹿(トナカイ)を描いている。のこぎりと題された作品は火葬のシーンだろうか。

 村上の作品は奥に複雑な物語を孕んでいて簡単には読み解かせない。しかしいずれも作品の底に悲しみを忍ばせているようだ。

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村上早展

2024年9月9日(月)-9月21日(土)

11:30-19:00(最終日17:00まで)日曜休廊

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コバヤシ画廊

東京都中央区銀座3-8-12 ヤマトビルB1F

電話03-3561-0515

http://www.gallerykobayashi.jp/

 

 

ガルリSOLの松尾玲央奈展を見る

 東京新富のガルリSOLで松尾玲央奈展「融和する心緒」が開かれている(9月21日まで)。松尾玲央奈1984年、福岡県生まれ。2007年に女子美術大学芸術学部立体アート学科を卒業し、2012年に同大学大学院美術研究科美術専攻後期博士課程を修了している。初個展は2007年ガルリSOLで行い、以来もう10回を超えている。そのほか女子美アートミュージアムや銀座gallery女子美など多数個展を開いている。

「馳せられた想いの行方」

(部分)

(部分)

(部分)



 今回は画廊正面に大きな作品「馳せられた想いの行方」が展示されている。アルミと鉄と石膏の作品で左右575cmもある。6点で一つの作品だ。これは何だろう。デジタルの記号を拡大したようにも見える。それが解ければ何かメッセージを示しているのだろうか?

 ほかにもアルミとステンレス、石膏の作品が展示されている。いずれも丸い球が石膏製らしい。以前の展示で金属のボールと鎖の作品があったが、あれは囚人の足に繋ぐ足枷の重りのように見えたが、それと関係あるのだろうか。

 松尾の作品のメッセージはよくは分からないが、作品はいつも美しい。ジャッドが好きだという松尾だが、松尾にはジャッドにはない攻撃性が感じられてそこも魅力的だ。

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松尾玲央奈展「融和する心緒」

2024年9月16日(月)-9月21日(土)

11:00-19:00(最終日17:00まで)

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ガルリSOL

東京都中央区新富1-3-11 銀座ビルディングNo.1(3階)

電話03-6228-6050

https://galerie-sol.com/

 

シロタ画廊の今村由男個展を見る

 東京銀座のシロタ画廊で今村由男個展「うつろう日々の貌」が開かれている(9月21日まで)。今村由男は1948年長野県喬木村生まれ、フランスで銅版画多色刷りを学び、その後文化庁特別派遣芸術家在外研修員としてパリへ行っている。スペインカダケス国際版画ビエンナーレ審査員やクロアチア国際版画ビエンナーレの作家選考委員を務めている。

 今回の個展は中林忠良の推薦で開かれた。



 久しぶりに今村の個展を見て気が付いたことがある。草花をモチーフにして金箔などを使っている。その装飾性は琳派の美意識を見事に受け継いでいる。現代的でありながら、豪奢な画面を作っている。装飾性、現代性、豪奢な画面は最近見ることが少ない作風ではないだろうか。ぜひ会場へ足を運ばれることをお勧めする。

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今村由男個展「うつろう日々の貌」

2024年9月16日(月)-9月21日(土)

11:00-19:00(最終日16:00まで)

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シロタ画廊

東京と中央区銀座7-10-8 第五太陽ビルB1F

電話03-3572-7971

https://shirotagallery.com

 

和田誠・村上春樹『ポートレイト・イン・ジャズ』を読む

 和田誠村上春樹『ポートレイト・イン・ジャズ』(新潮文庫)を読む。55人のジャズメンたちを取り上げて、和田誠のイラスト、村上春樹の文章で構成されている。とても楽しい本。ジャズメンの選択は和田誠が好きに選んで個展で発表し、それに村上が関連するエピソードや彼自身の思い出などを書き綴っている。

 そんな経過から一流のジャズメンたちは皆取り上げられているが、キース・ジャレットチック・コリアコルトレーンマッコイ・タイナーマル・ウォルドロンなど重要なジャズメンたちが抜けている。ジャズ・ヴォーカルも少ない印象だ。

 和田誠のイラストはあまり評価できないが、村上春樹の文章は楽しい。基本、和田のイラストが1ページ、村上の文章が4ページ、取り上げたアルバムの写真と簡単な解説が1ページという構成で、村上の文章が長ければもっと良かったのに。

 

 僕はこれまでにいろんな小説に夢中になり、いろんなジャズにのめりこんだ。でも僕にとっては最終的にはスコット・フィッツジェラルドこそが小説(the Novel)であり、スタン・ゲッツこそがジャズ(the Jazz)であった。

 

 彼(ソニー・ロリンズ)のアルバムの中で好んで聴くのは、最も長い沈黙から復帰した直後に吹き込まれた『橋』(”The Bridge”)だ。音の縦方向の配列が生き生きとして、音のひとつひとつにこれまでにないどろんとした芯があり、それでいて本来のスピードは失われず、陰影を含んだ内省が漂っている。

 

 ウェス・モンゴメリーのギターを初めて聴いたときに感じたのは、この人の演奏はほかの誰ともぜんぜん違うということだった。トーンといい、奏法といい、まったく新鮮そのものだった。それも苦労して頭で考えて創出されたものというより、どこかそのへんから自然に自由にわき出てきたというおおらかな雰囲気があり、いや、これはすごいなと感心しないわけにはいかなかった。

 

 楽しい読書だった。