2008-01-01から1年間の記事一覧
ギャラリーアポロの秋山修さんが発行する月刊紙「APOLLOMEDIATE」の1月号が届いた。「覚悟する時」と題されて、テーマは底の見えない絵画不況だ。 (前略)あのサブプライムローンの問題から、突然に世界の様相が変わってしまった。刻一刻と不況の波が押し…
2008年はおよそ150冊の本を読んだ。その中でとても良かったものを選んだら13冊になった。そのベスト13を挙げると次のようになる。小説は3冊が再読だった。日本人作家で気に入ったものがなかった。特に思想関係で軽いものが多かった。 【小説】 *ジョン・ル…
イギリスの作家ジョン・ル・カレ「ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ」(ハヤカワ文庫)を読み直し、30年前同様圧倒される。ル・カレはスパイ小説専門の作家だ。本書はイギリス情報部の中枢に潜むソ連のスパイを捜し出す話。文庫本で500ページ以上あ…
「日だまり」、油彩F50号(91cmx116cm) 制作年不明。1972年の日本アンデパンダン展に出品された。当時山本弘42歳、抽象的になる前の中期の作品だ。山本としては大きな50号の作品に子どもを一人だけ描いている。冬の飯田は寒く、タイトルの日だまりが恋しい…
長田弘は好きな詩人だ。若い頃愛読していたし、今でも諳んじている詩の一節もある。 夭折こそは すべての若い芸術家を駆りたてる もっとも純粋な夢、ぼくたちの 夢のなかの夢であるもの。 けれども冷めたい夢の汗にぬれて 不意にふるえて ぼくはめざめる。 …
「ツツミの水神」、油彩F12号(50cmx60cm) 1977年制作、飯田市中央公民館での1977年4月か、1978年1月の個展で発表された。2004年の銀座兜屋画廊での遺作展でも展示されている。ツツミというのは、当時山本の住んでいたアパートの近くにあった堤(つつみ)…
「骨の踊り」、油彩F50号(91cmx116cm) 制作年不詳だが、おそらく1970年代後半か。右下に「弘」のサインがある。これは晩年に特有のサインだ。それ以前は「Hirossi」とサインしていた。山本としては大きな作品だ。4体の骸骨がユーモラスに踊っている。逆立…
以前、自費出版した写真集を販売してくれないかという依頼があった。アマチュアカメラマンが海外で撮影した海の生物の写真集だった。見たことのない珍しい生き物が写っている。でもこれは売れないと断った。写真に一切キャプションが付いていないのだ。写っ…
「黒い丘」、油彩F10号(53cmx45.5cm) 1978年の制作と記されている。山本弘48歳、おそらく10月の飯田市中央公民館での最後の個展で発表された。不自由な体で車椅子か何かに乗って細かく展示の指示をしていたことを思いだす。酒浸りだった。2年間もの長期間…
山本弘、「三叉路」、F30号(91cm×72.7cm) 三叉路、T字路の構図は山本が何度か採用している。1977年4月、飯田市中央公民館の個展で発表された。同じような構図で「雪の三叉路」や「どっちに行こうかな」がある。 三叉路の真ん中に猫がいて、正面を見ている…
コンパクトカメラのことをバカチョンカメラと言った。バカでもチョンでも簡単に撮れるカメラという意味だ。以前この「チョン」とは朝鮮人の蔑称なので使ってはいけないと言われた。チョンとかチョン公とか言ったらしい。中国人の蔑称はチャンコロだった。チ…
銀座1丁目のビルの玄関に置かれている犬の彫刻。壁の中から抜け出してきたように見せたいのだろう。だが、犬が抜け出てきた鉄板が少しゆがんでいるのか、壁と犬の間に隙間ができてしまっている。作品を見ないで、この隙間にどうしても眼が行ってしまう。技…
藤岡喜愛「イメージの旅」(日本評論社)に藤岡と柴谷篤弘の対談「イメージの旅」が収録されている。そこから引用する。 藤岡 ふだんみる夢というのは、覚えていない。目をさましたとたんに忘れてしまう。 柴谷 僕はゆうべ眠れなかったけれども、そのときの…
柴田元幸の新しい訳でサリンジャーの「ナイン・ストーリーズ」を読んだ。ヴィレッジブックスという出版社が発行している雑誌「モンキービジネス」の第3号という体裁を採っているが、内容はサリンジャーの短篇集そのものだ。にも関わらずサリンジャー側がい…
映画や芝居に人は何を見に行くのだろう。以前木冬社の芝居で平幹二朗が主演していた頃、劇場はいつも満員だった。木冬社の主宰者である脚本の清水邦夫は長い台詞を書く。平幹二朗や木冬社の主演女優松本典子が舞台で朗々と語る長い台詞を聞くことは本当に快…
私が1歳未満だった頃の写真がある。陽当たりの良い屋外で籐椅子に座らされている。座らされているというより、ちょこんと置かれている感じだ。まぶしいのか眼を細めている。これがおまえのちっちゃい時だよと言われていた。 中学生になった頃、東京から従兄…
朝日新聞12月12日夕刊に映画評論家の山根貞男が、昭和天皇をモデルにした「太陽」を撮ったアレクサンドル・ソクーロフの新作映画「チェチェンへ アレクサンドラの旅」を紹介している。 おばあちゃんが兵舎にいる孫を訪ねる。たったそれだけの話が、なぜこれ…
「生物と無生物のあいだ」が好評だった福岡伸一の新刊「できそこないの男たち」(光文社新書)は興奮するくらい面白かった。それはどうしてか? 教科書はなぜつまらないのか。それは、なぜ、そのとき、そのような知識がもとめられたのかという切実さが記述さ…
京橋のギャラリー椿で桑原弘明展が開かれている。私はまだ見てないが、もう何年も毎年見てきた。数センチ立方の金属の箱の中に小さく精密な部屋が作られている。ひとつが数十万円する。ギャラリー椿のホームページから。 「桑原弘明さんは多摩美術大学油画科…
だいぶ前の読売新聞の書評欄で、竹内一郎がダニエル・カールマンの「プロスペクト理論」を紹介していた。 人は利益を生む局面では確実性を好むが、損をする場合は賭けに出たがる。また、額が小さいときは変化に敏感だが、大きくなるとだんだん麻痺してくる。…
だいぶ前になるが、朝出勤するときエレベーターで同じマンションの女性(OL?)と一緒になった。彼女がエレベーターを先に出て玄関ホールを歩いていった。タイトスカートのお尻のところのファスナーが開いているのが見えた。早足で彼女を追い抜きざま小声で…
東京で最初にできたロック喫茶がどこだったか知っている。それは38年か39年前で、新宿厚生年金会館前のSoul Eat(ソール・イート)という店だった。広い店内にものすごい大音量のハード・ロックのレコードがかかっていた。なにしろ隣りに座る友人に大声で話…
朝日新聞12月8日の朝刊に「朝日歌壇」が掲載されていて、そこにホームレスからの投稿歌が二人の選者によって選ばれている。 (柔らかい時計)を持ちて炊き出しのカレーの列に二時間並ぶ (ホームレス)公田耕一 選評が (永田和宏)「柔らかい時計」はダリ…
ギャラリーに入っていくと片隅にいた作家が、××さん、去年も見てくれましたね、ブログ読んでますよと話しかけてきた。はて誰だったっけ? なかなか作家の顔も名前も覚えることができない。でも展示されている作品を見てすぐに分かった。この色は知っている。…
「生物と無生物の間」や「できそこないの男たち」で人気のある福岡伸一は講談社のPR誌「本」にもエッセイを連載しているし、東京大学出版会のPR誌「UP」にもエッセイを連載していて、どちらもとても面白い。「UP」の方は表2(表紙の裏)1ページと短いので…
保坂和志の「プレーンソング」(中公文庫)にこんな一節がある。 「俺なんかの頃には、(修学旅行で)高校生が外国行くなんて考えられなかったもんな。/だいたい、海外旅行がまだ自由化されてなかったんじゃないか」 海外旅行の自由化なんてことを持ち出す…
「振り込め詐欺」は初め「振り込み詐欺」と言っていた。それでは意味としておかしいと思ったらしく、「振り込め詐欺」と言い換えた。だがこの「振り込め詐欺」がどうにも座りが悪いのだ。何と言ったらいいのか考えていた。意外に簡単だった。 「振り込ませ詐…
新潮社に「クレスト・ブックス」という海外文学を集めた叢書があり、それの発行点数が100点になったということで、記念に短篇集が編まれた。編者は堀江敏幸で「記憶に残っていること」(新潮クレスト・ブックス短篇小説ベストコレクション)。クレスト・ブッ…
社会主義政権は失敗した。スターリンのソ連然り、毛沢東の中国然り。計画経済が画餅だった。人間はそんなに賢くはなかった。しかも、スターリンも毛沢東も何百万人の国民を殺したのだった。失敗したのはスターリンの、毛沢東の社会主義であって、本来の正し…
横浜トリエンナーレ2008の最終日(11月30日)にやっと出かけていった。根岸の三渓園で展示されている内藤礼の作品が見たかったからだ。朝9時前に家を出て三渓園には10時半頃に着いた。紅葉の季節とかで人が多かった。外苑の奥の方に内藤礼の作品はあった。…