輸入レコード、デクスター・ゴードンのOne Flight Up

 保坂和志の「プレーンソング」(中公文庫)にこんな一節がある。

「俺なんかの頃には、(修学旅行で)高校生が外国行くなんて考えられなかったもんな。/だいたい、海外旅行がまだ自由化されてなかったんじゃないか」
 海外旅行の自由化なんてことを持ち出すのが石上さんらしくて横で笑ったら、石上さんは調子にのって、
「本当だよ、おまえ。/台湾バナナとかね。輸入の自由化の歴史っていうものがあるんだから。あいつらは、そういうのをゼーンブ、ムカシッから自由だったと思ってんだッ。/俺たちんときは、輸入盤のレコードは高いしさあ、自由じゃないもんばっかりだったんだぜ。/あいつらにはかなわねえよ」

 あれももう35年ばかり前になるが、前に書いた渋谷のエンパイヤという巨大キャバレーへ行く手前の坂の途中にオスカーというジャズ喫茶があった。黒を基調とした内装のしゃれた店だった。そこでデクスター・ゴードンのOne Flight Upというアルバムを聴いた。いっぺんで虜になった。レコード店で探したが、これが輸入盤だった。今と違って輸入盤なんてなかなか手に入らなかった。道玄坂にあったヤマハ楽器の店に注文して取り寄せてもらった。何カ月もかかったし高かったと思う。もちろんLPレコードだ。
 デクスター・ゴードンのそのアルバムのB面にTANYAという曲が入っていて、演奏時間が約18分だった。デクスター・ゴードンのテナーサックス、ドナルド・バードのトランペット、ピアノがケニー・ドリュー、ドラムスがアート・テイラー、ベースがペダースン、1964年にパリで録音されている。
 デクスター・ゴードンが気に入ってほかに何枚かのアルバムを聴いたが、どれも気に入らなかった。いいのはこのアルバムのB面だけだった。
 それが現在CDになっていて、昔のことが嘘のように簡単に入手できる。渋谷のオスカーも昔々にとうに閉店していた。