2007-03-01から1ヶ月間の記事一覧

安富桜が咲き始めた

飯田市の安富桜が咲き始めた。下の写真は3月30日に撮影した安富桜、エドヒガン、樹齢350年。 右上の写真は同じ日に撮影した飯田市の正永寺のシダレ桜、ほぼ満開、樹齢400年。

宮嶋先生の教え

小学校5年と6年の時の担任が宮嶋光男先生と言った。植物が専門のようだったが作物の育種も手がけていた。両端を両手で持って背中が洗える1メートルをはるかに超える長いヘチマや、数センチしかない小さなひょうたんなんかを作っていた。子どもたちを連れ…

イントネーション

初めて東京に来た頃、あんたは訛りがないけれどどこの出身? と聞かれた。複数の人たちから何度も。訛りがないのならどうして東京の出身? と聞かないのだろうと不思議だった。その答は十年以上経ってから分かった。産業用スライドのナレーション録りをした…

珍しい名字いくつか

東京日本橋で画廊を経営されている磯良(いそら)さんの姓は珍しいものだ。御本人も由来がよく分からないと言われる。ある時中世史の本を読んでいたら、瀬戸内の村上水軍関連でこの姓が登場していた。古い由緒ある名前のようだ。 娘が教わっていた音楽教室の…

姓の読み方は自由なのだ

横浜逍遙亭さんが福岡へ行かれた時の体験から、東京と地方というテーマを取り上げている。http://d.hatena.ne.jp/taknakayama/20070326 それで思い出したことがある。中学1年生のときに小学校からの同級生だった大平義道君が東京へ引っ越していった。しばら…

目の前で顔がぐにゃりと曲がる経験

映画「ブレードランナー」か何かで人の顔が突然ぐにゃりと曲がってロボットになるシーンがあった。コンピュータグラフィックスで作られた映像だ。あれと同じ体験を現実に二度経験したことがあった。 一度は夜向こうから歩いてくる女性が美人に見えたのに実際…

即興芝居をさせられた

芝居をさせられた事がある。これも画廊を回っているときで、銀座の小野画廊IIへ行ったとき、そこでは不思議な展示をしていた。作家に雇われた役者たちが画廊の中に作られた居間に待機していて、家族を演じている。見に行った客がそれに参加するというもの。…

増山麗奈のすごいパフォーマンス

銀座8丁目のギャラリー exhibit Live & Moris へ行った時、画廊にいた若い女性作家が上着を脱いで、ミニスカートと上半身は何て言うのだろう、肩とお腹が出てるブラの大きなヤツみたいな格好になった。お客さんが来るとこういう格好をするのと言う。展示は…

東京神田にあった「ときわ画廊」の思い出

東京神田に現代美術専門のときわ画廊という貸画廊があった。8年前に閉廊してしまった。ここにその画廊での展覧会の記録をまとめた小冊子がある。題して「ときわ画廊/1964-1998」、1998年12月5日発行、著者:ときわ画廊(大村和子)、発行者:三上豊。 1964…

国語辞書だけでなく、植物図鑑も

三省堂の「新明解国語辞典」は編集主幹の山田忠雄によるユニークな解説で有名だ。その一つ「おやがめ」は次のように書かれている。 おやがめ(親亀) 親に当たる大きなカメ。「(速口言葉で)ーの背中に子ガメを乗せて、子ガメの背中に孫ガメ乗せて、孫ガメ…

富岡多恵子「中勘助の恋」を読む

富岡多恵子「中勘助の恋」(創元社:平凡社から新装版)を読む。 中勘助は岩波文庫のベストセラー「銀の匙」の作者、夏目漱石の弟子、美しい幼年時代を描いた無垢でナイーブな人。その真の姿に迫った。 とにかくハンサムでモテ男、親友の美しい奥さん(万世…

追悼吉田哲也ーこの寡黙な彫刻家へのオマージュ

吉田哲也という彫刻家がいて、2005年の1月に40歳で亡くなった。私たちは若い優れた芸術家を失った。わずか10年ちょっとの活躍で。だがその短い年月で優れた作品と強い印象を残して。 吉田哲也は抽象的な立体を作っていた。1990年銀座のギャラリーなつかでの…

六本木ギャラリーMoMoでの山本弘展

いよいよ昨日から六本木のギャラリーMoMoでわが師 山本弘展が始まった。 六本木駅すぐ近く、麻布警察の裏手、六本木ヒルズノースタワー近く。 東京都港区六本木6-2-6 サンビル第3 2階 3月31日まで、12:00ー19:00、日月祝日休み。http://www.gallery-momo…

劇作家 清水邦夫の秘密

好きな劇作家が三人いる。黒テントの佐藤信と木冬社の清水邦夫、それにこまつ座の井上ひさしだ。その清水邦夫が自分の秘密を明かしている。長い引用だが(清水邦夫ファンや研究者にとって)貴重な発言だ。 エッセイ「わが"バイブル"」より ぼくは劇作をはじ…

緑魔子はきれいだった。

若い頃の緑魔子はきれいだった。モノクロのヌードの写真集「悪の華」が出版されて、欲しかったけれど高かった。妖しいエロティシズムを体現している女優だった。アイドルなんていう軽い存在ではなかった。 初めて生の姿を見たのは佐藤信率いる黒テントの芝居…

子供の頃の印象に残っている文学やマンガ

小学生の頃読んだ本でまだ覚えているシーンがある。子ども向けのアメリカの西部開拓の話で、開拓者の子どもがインディアンの子どもと仲よく遊んでいる。しかしトマフォークを投げての的当てでインディアンの子どもは開拓者の子どもに勝てない。それでひどく…

養子のことを皆が意外に知らない

私は結婚してカミさんの姓を名乗っている。すると皆が養子に入ったのかと聞いてくる。戦後の法律で結婚すると単にどちらかの姓を選ぶことになったのでカミさんの姓を選んだだけです。養子ではありませんと言っていたが、その内面倒になり、ええそうですと答…

河合雅雄が語るインセストタブー

以前もインセストタブーについて書いたが、もう一度河合雅雄を正確に引用して紹介したい。 河合雅雄「子どもと自然」(岩波新書)より (前略)レヴィ・ストロースは「動物にはインセストを禁止する何の規則もなく、ここにおいてのみ、自然から文化、動物か…

サブリミナル効果というヤツ

リブロポートから発行されたウィルソン・ブライアン・キイ著「メディア・セックス」という本や、下條信輔「サブリミナル・マインド」(中公新書)によると、テレビコマーシャルや映画に瞬時はめ込まれたイメージや、ポスターや雑誌に隠して挿入されたSEXなど…

独特の空間の試み、菊元仁史展を見る

菊元仁史展を見る。タイトルが「視者の場所」、5年ぶりの個展だ。抽象的な立体。会場の画廊は東京銀座8丁目のexhibit LIVE & Morisで、前回2002年の個展と同じ場所。第1回から第3回まではギャラリーQだったが、画廊のオーナーが変わったので名前も変わっ…

石川雷太と頭蓋骨のインスタレーション〜死体写真

石川雷太というインスタレーションの作家がいる。初めて見たのは銀座のギャラリィKだった。屠殺場で屠殺されたばかりの牛の頭蓋骨6個をギャラリーに並べ、その眉間に五寸釘を打ち込んである。頭蓋骨の前にはアルファベットのイニシャル、K. HとかS. Gとかの…

上方商法は芸だね

まず司馬遼太郎のエッセイ「上方についての小さな憂噴」から。 東京で小さな貿易会社をやっている知人が、繊維の関係で京都に常駐するようになり、上方の商法に惚れこんでしまった。 「商売というより、芸だね」 という。 京都の飲み屋の奥の小さな座敷での…

他者は理解できるのか

理解できることと、何だか理解できること、そして理解できないことがある。 生理になるとお腹が張るのと言った女性に、それってどんな感じ? と聞くと、お腹が一杯になったときと一緒よと言われて何だか分かった気がした。 私は空腹になると手足が震え出し、…

長野県飯田市の安富桜

エドヒガン、樹齢350年の安富桜。長野県の天然記念物。飯田市立美術博物館の前庭にある。飯田藩の家老で安富氏が屋敷に植えたものだという。寿命が百年未満のソメイヨシノと違ってヒガンザクラの仲間は長寿だ。写真は先月28日に撮影したもの。今年の花が撮影…

山本弘の作品解説「種畜場」

山本弘に「種畜場」という作品がある。画家が住んでいた長野県上郷町(現飯田市)に、家畜の種付け場があった。大型動物の受精場だ。牛や山羊などの交配をしていた。そこを描いたものだという。愛子さん(未亡人)が言っていた。 飯田市近郊は天竜川の流域に…

寺山修司の「路地」論

「三上のブログ」の三上さんが「路地」に興味を持っていると書かれていた(http://d.hatena.ne.jp/elmikamino/20070304)。寺山修司も晩年「路地」に関する本を出す予定で、目次も作っていたとコメントしたら、その目次を知りたいと言われる。 杉山正樹「寺…

ベランダにスミレが咲いた

ベランダの鉢植えのスミレが咲いた。右上の写真がそれ。 スミレと言えば数年前、銀座2丁目の大きな駐車場の片隅にスミレの群落が出現した。下の写真だ。これはタチツボスミレだろう。見事な贅沢な光景だった。だが翌年にはこの光景は見られなかった。植生が…

不思議な作家がいた

1993年5月に当時銀座7丁目にあった村松画廊で変わったインスタレーションを見た。高井叡子という中年の作家(美術家)が黙々と黒いボールペンで紙切れを真っ黒に塗り潰していて、それを側に山と積んでいる。紙でできた小さな黒い山。 翌年5月同じ画廊で、…

思考が枠づけられている

絵本を見ていた。タイトルは忘れたが、ウサギを飼う話だ。金網で地面を囲いその中に番いのウサギを放す。ウサギは地面に穴を掘りその穴の中で子ウサギを出産する。やがて穴の中で大きくなった子ウサギたちが親に連れられて穴の外へ出てくる。穴の中の子ウサ…

日本刀の鑑定

以前太平洋戦争の日本人捕虜の手記を読んだとき、イギリス人将校の手伝いで日本刀の鑑定をした話が書かれていた。東南アジアでイギリス軍の捕虜になった筆者は、ある時日本刀が好きだというイギリス人将校の前に呼ばれ、一振りの日本刀の真贋を鑑定しろと言…