山本弘の作品解説「種畜場」


 山本弘に「種畜場」という作品がある。画家が住んでいた長野県上郷町(現飯田市)に、家畜の種付け場があった。大型動物の受精場だ。牛や山羊などの交配をしていた。そこを描いたものだという。愛子さん(未亡人)が言っていた。
 飯田市近郊は天竜川の流域にあり、秋には濃い川霧が立ちこめる。深い霧のため視界が数メートルなどということもある。
 この作品は柵に囲まれた種畜場を濃い霧が包み、霧の中に種付けを待つ乳牛が何頭かいた情景だという。まだら模様の乳牛が白く深い霧の中に溶け込んでいる。画家はそれが面白かったのだろう。
 しかしそれだけではなかった。長谷川利行へのオマージュでもあるのだ。そのことを2000年に東京ステーションギャラリーで開かれた長谷川利行回顧展を見て知った。長谷川が乳牛を描いているのだ。東京都現代美術館の図書室へ行ってその時のカタログを調べたが、目的の乳牛の図版は掲載されていなかった。
 山本は長谷川が好きだった。おそらく絵も、アル中で彷徨し野垂れ死んだ彼の生き方も。長谷川の大きな画集を友人にもらって持っていた。長谷川と同じモチーフの作品がいくつもあった。絵の完成度では山本の方が優れているけれど。
 「種畜場」油彩、30号、1978年制作