毎日新聞年末恒例の今年の「この3冊」が発表された。書評委員が年間で最も良かったと挙げた3冊だ。その内私が印象に残ったものを拾ってみた。
荒川洋治・選
本書は吉本隆明(1924-2012)の選詩集。「ぼくがたふれたらひとつの直接性がたふれる」。青年たちを魅了した初期詩編から「魚の木」「わたしの本はすぐに終る」など後期の作品までを収める。吉本隆明は、詩を愛し、詩を灯明とし、多くのすぐれた詩を残した。
*森本あんり『魂の教育』(岩波書店)
川畑博昭・選
本書は神学の専門家が、各章1冊を手がかりに全20章に編み上げた読書体験記。機知に富んだ著者の筆は常識を覆しながら、新たな思索の扉を開く。まるで読む者の魂を解放するかのような技である。
*佐久間文子『美しい人 佐多稲子の昭和』(芸術新聞社)
川本三郎・選
昭和を生きた波乱の作家の伝記。十代で社会に出る。プロレタリア文学運動に加わる。留置されたこともある。太平洋戦争が始まると軍の要請で戦場に取材に行く。そのため戦後、戦争責任を問われる。まさに悪戦苦闘の生。実に丹念に資料を駆使し、読みごたえがある。
本書は私も読みブログに紹介した。
辻原登・選
アフリカ大陸の地理は明確だが、アフリカに哲学はあるのか? ヨーロッパ啓蒙主義の虚妄を暴きつつ、アフリカ哲学の魅力を浮かび上がらせる。優れた批判の書でもある。
伊藤亜紗・選
本書はカントに代表される西洋哲学に潜む歴史的な暗部に切り込む。たとえば啓蒙主義は、普遍性を謳いながら「人種」概念のもとに奴隷制を容認してきた。アフリカ哲学は、私たちの発想法にどんなバイアスがかかっていたのかを教えてくれる。新書で読めるのがすごい。
*奈倉有里『ロシア文学の教室』(文春新書)
沼野光義・編
まったく新しいロシア文学入門書。学生たちは魔法のような授業を通じて、作品世界に入り込む。同時にこれはみずみずしい青春小説でもある。文学へのピュアな愛に貫かれた一冊。私も学生時代にこういう授業を受けたかった!
*エマニュエル・トッド『西洋の敗北 日本と世界に何が起きるのか』(文藝春秋)
佐藤優・選
本書はフランスの歴史人口学者・家族人類学者による優れた現状分析だ。世俗化が進み、伝統的なキリスト教的価値観が完全に崩壊し、宗教ゼロの状態になってしまった欧米諸国がロシアに敗北する必然性について説得力のある説明をしている。国際情勢を読み解く際にはトッド流リアリズムが不可欠になる。
*ヤコブ・ラブキン『イスラエルとパレスチナ』(岩波ブックレット)
橋爪大三郎・選
本書はユダヤ教からイスラエルを告発する本。シオニズムはそもそも無神論で社会主義の過激な民族ナショナリズム。ナチスと似ている。イスラエルで強引に政権を獲り、パレスチナ人を弾圧した。ユダヤ人がシオニズムをはね除け、パレスチナ人と連帯するのが解決の希望だ。
*佐藤俊樹『社会学の新地平 ウェーバーからルーマンへ』(岩波新書)
松原隆一郎・選
本書はマックス・ウェーバーの「資本主義の精神」とは工場での機械による大量生産ではなく、在宅での高級手織物供給方式のことだったと論証して虚を突かれた社会学の新解釈。
本書は私も読みブログに紹介した。
本村凌二・選
狭義のヨーロッパは西欧として理解されるが、著者は東欧にあったビザンツ社会の研究者。西欧近代社会への新たな視角があざやかになる。福田徳三、三浦新七、上原専禄、増田四郎にさかのぼる一橋学派のマクロ史学の伝統が目に浮かぶ。
湯川豊・選
歴史探偵にして自称「安吾さんの弟子」という故・半藤氏。坂口安吾が太平洋戦争直後に書いた「特攻隊に捧ぐ」一篇に感動し、安吾があの戦中をどう生きたのかを克明に追跡した。自由奔放の作家の姿が生々と描かれていて、一読茫然とする。
渡邊十絲子・選
「考える」ことと肉体的な運動による了解を切り離すことが「論理的」であるというのは誤解だ。著者は手で考えているから、読んでいる自分の手がぴくぴく反応する。夏に開催された著者の回顧展の図録『石川九楊大全』(左右社)も、今年最もすばらしかった本のひとつ。