日本刀の鑑定

 以前太平洋戦争の日本人捕虜の手記を読んだとき、イギリス人将校の手伝いで日本刀の鑑定をした話が書かれていた。東南アジアでイギリス軍の捕虜になった筆者は、ある時日本刀が好きだというイギリス人将校の前に呼ばれ、一振りの日本刀の真贋を鑑定しろと言われる。彼が日本刀の鑑定ができると聞いて将校が呼んだのだ。
 名のある刀が本物か偽物か、彼は手にとって振ってみて偽物だと告げる。それは試験だった。将校はそのことを知っていてテストしたのだった。信用を得た彼は、将校が日本刀を入手するたびに鑑定に立ち会わされたが、代わりにに重労働は一切免除された。
 どうして偽物だと分かったのかと後に聞かれて、振ったときのバランスが良くなかったと答えている。
 このエピソードは私の義父を思い出させる。義父も旧家の知人から日本刀を見てほしいと依頼される。義父は専門家ではないが若い頃から日本刀が好きで、教師の傍らあちこちへ出かけたくさんの刀を見て歩いたらしい。その旧家では、戦後束にして日本刀を売りに来た者から丸ごと二束三文で買ったようだ。それを見てほしいと言う。
 義父が見たところほとんどがクズだったが、一振りだけ良いものがあった。これは良いと思うのできちんと鑑定してもらいなさいとアドバイスした。高島屋の外商が出入りしていたので鑑定を依頼すると古刀の名刀だった。重要文化財クラスとのこと。そして外商は刀は良いけれど鞘が良くない、鞘を作り直しなさい。いくらくらいかかりますか? この刀だったら3千万円の鞘が適当です。もちろん断った。
 義父になぜ名刀だと分かったのか聞いた。その答が振ったときのバランスだと言う。名刀はバランスがいいらしい。
 以前紹介した尊円法親王の書を東京国立博物館に寄贈したKさんが、先祖から伝わる日本刀の真贋を鑑定してもらいたいがどこか知らないかと言う。銀座の「刀剣の柴田」を紹介し案内した。大小2振り持参されてきた。大刀は茎(なかご)に彫られた銘のとおり初代肥前国忠吉の本物だった。これは偽物が多く、持ち込まれまる10のうち9までが偽物です。久しぶりに良いものを見せて頂きましたと、テレビ東京の「開運! 何でも鑑定団」に出演していた先代の柴田さんが言われた(いま出演しているのは息子さん)。
 次に脇差しの鑑定に入った。こちらは無銘。柄を外し茎を見る。分厚い刀剣事典のページをめくって、これですと指さす。茎の鑢目(やすりめ)に特徴があるのだと言う。刀工の名前は忘れてしまったがやはり名刀とのこと。無銘なのはおそらく大名に献上したか神社に奉納したのではないかと。
 Kさんには大変喜んでいただいた。しかし、名刀を所有していることが知られると、義父のような刀剣が趣味の人が見せてほしいと全国からやってくるし、相続税も馬鹿にならないという。