不思議な作家がいた

 1993年5月に当時銀座7丁目にあった村松画廊で変わったインスタレーションを見た。高井叡子という中年の作家(美術家)が黙々と黒いボールペンで紙切れを真っ黒に塗り潰していて、それを側に山と積んでいる。紙でできた小さな黒い山。
 翌年5月同じ画廊で、今度は彼女が棺桶に横たわっていた。額に三角の紙を付けて、死に装束をまとって。棺桶の前には線香や花など葬式の道具一式がしつらえてあった。
 本当に死んでいるのだろうかと一抹の不安と疑問を感じて、生の徴候を確認しようとした。5分くらいじっと見ていると微かに胸が動いて呼吸していることが推測された。
 不思議なパフォーマンスだった。不思議な作家だった。当時おそらく50歳ははるかに越えていたのではなかったか。村松画廊は割合大きな広い画廊で格式も高く、画廊の使用料も高額だったのに。
 その後インターネットで検索しても、もう見当たらなかった。あれは彼女の美術というシーンからの告別式だったのだろうか。