堀田善衛の「上海にて」を読んで

 社会主義政権は失敗した。スターリンソ連然り、毛沢東の中国然り。計画経済が画餅だった。人間はそんなに賢くはなかった。しかも、スターリン毛沢東も何百万人の国民を殺したのだった。失敗したのはスターリンの、毛沢東社会主義であって、本来の正しい社会主義ではないと言う人があるかもしれない。その意見に対してはこう言いたい。そこがロードスだ。そこで跳んだじゃないか。
 しかしながら、完全な自由市場経済でどのようなことが起こるのか、堀田善衛の「上海にて」(集英社文庫)はレウィ・アレイを引用して悲惨な実態を紹介する。たかだか80年前のことだ。このように教えてくれなければもう分からなくなってしまっているのだ。そうすると社会主義的な政策がこの悲惨な社会の改良に有効だったことが理解できる。

 ところで、次に引用するのは、工場衛生監督官レウィ・アレイが、1931年上海で彼を訪ねて来たアグネス・スメドレイに会い、彼女に上海の労働者の状況を話して聞かせている、その部分である。
「(前略)上海の生糸製糸工場は、私が監督に行った工場のなかでも、まことに悪夢のようなところであった。8歳か9歳になったかならぬほどの子供たちが1日に12時間も繭を煮る大桶を前にして列をつくって並んでいる。その指は赤く火ぶくれし、眼は血走り、眼のまわりの筋肉はたるんでしまい、職制が殴りつけるので多くの者は泣きながら働いていた。この職制は8番ゲージのワイヤを鞭としてもってあるき、もしこの子供たちのうちで糸を間違ってひいた者があると、罰として熱湯でその細い腕にやけどをさせたりしたものである。

 本書は「終戦」直前に中国へ渡り、その後国民党の広報として1949年まで上海に留まり、その10年後に再度中国を訪ねた堀田善衛の中国と日本に関する奇跡的な優れたエッセイだ。