
ジョルジュ・ディディ=ユベルマン『「それ」のあったところ』(新曜社)を読む。副題が「≪ビルケナウ≫をめぐるゲルハルト・リヒターへの4通の手紙」というもの。フランスの哲学者、美術史家のディディ=ユベルマンが、リヒターの抽象画≪ビルケナウ≫について考察し、それをリヒターへの手紙という形で書いている。
リヒターの作品≪ビルケナウ≫は2022年の東京国立近代美術館のリヒター展にも展示された。4枚の抽象画で、これはアウシュビッツ=ビルケナウの強制収容所におけるゾンダーコマンドが撮影した4枚の写真をもとに描いたものだという。ゾンダーコマンドとはユダヤ人収容者の中から選ばれた、収容者の遺体を焼く役割のユダヤ人たちの呼称。写真には横たわるユダヤ人のたくさんの遺体が写っている。リヒターは最初この写真をトレースし、具象的な絵画を描こうとした。しかし、絵の具がほとんど乾いた段階でその絵を塗りつぶし抽象画に仕立て直した。完成した抽象画≪ビルケナウ≫を見ても、それが強制収容所のユダヤ人の遺体を描いたものだとはとうてい分からない。
東京国立近代美術館のリヒター展では、この≪ビルケナウ≫に一室を与え、リヒターが制作した≪ビルケナウ≫の写真版を対面に設置し、ゾンダーコマンドが撮影した写真も展示していた。この絵がアウシュビッツ=ボルケナウで撮られた写真をもとに制作されたことも展覧会のちらしに紹介されていた。
ディディ=ユベルマンは哲学者たちの言葉を援用しつつ、リヒターの≪ビルケナウ≫はナチスのホロコーストを表現していると書いている。「主題は4枚の絵画の真下に、暗黙のうちに存在している。巻き込まれている」と。
東京国立近代美術館のリヒター展で、≪ビルケナウ≫の部屋には元の4枚の写真も展示されていた。それらのインスタレーションにおいてようやく≪ビルケナウ≫がナチスのホロコーストを表現しえたと言うべきだろう。ディディ=ユベルマンの主張に反して、リヒターの抽象作品≪ビルケナウ≫は、タイトルを除けばナチスの行為を描くことができなかったということだ。それを描き潰してこの作品が出来上がったということは象徴的なことに思える。
最後に造本について、この『「それ」のあったところ』(新曜社)の本文用紙は厚すぎる。もう少し薄い紙を選ぶべきだった。小口が窮屈なのも気になる。もう1行減らすべきだった。もしそうすることでページが増えるのを懸念するなら、1行の文字数を増やしても良いだろう。本文の活字と訳者あとがきの活字の大きさの違いも気になった。あとがきの活字が本文に比べて小さすぎる。
