桑原武夫『思い出すこと忘れえぬ人』を読む

 桑原武夫『思い出すこと忘れえぬ人』(講談社文芸文庫)を読む。桑原の出生時から旧制高校1年の夏休みまでを記した著者唯一の自叙伝だという。桑原は第一流の学者であるが、とりわけ劇的な生涯は送っていない。しかも旧制高校1年までの自伝だから、とりわけ優秀だったこと以外に目立ったエピソードはない。しかし、最初から最後まで面白いのは桑原の特別な文章力だろうか。

 京都府立第一中学1年のとき、両親がそろって国に帰ったことがあった。留守をするのは桑原と女中だけ、」父は不用心だというので隣家の家主、河村家の一中5年生の息子に来泊を依頼した。河村は私と床を並べて座敷に寝たが、やがて桑原を彼の寝床にひっぱりこんだ。桑原は河村の獣欲の犠牲を免れるために何時間も抵抗した。河村はついに諦めて寝てしまった。

 当時、クラスにはそれぞれ名題の美少年があり、それは上級生のだれそれのチゴさんなどということがささやかれたりした。私自身も矛盾のようだが、4年生ないし高等学校に入ったころ、美少年に強く引かれる時期があったことを告白しておいたほうが公平であろう(数年前、私は南座の顔見世を見にいったとき、数列斜め前に、どこか見覚えのある老人の顔を発見した。40数年前の憧れの人がこれなのか、一瞬、舞台上の情的演技は色あせて私には感じられた)。

 

 桑原は数学はよくできた。それで第三高等学校の入試くらい楽に通るものと想いこんでいた。

 さて三高の受験室に入って、問題の配布をうける。5題ある。やさしそうなのから解いてかかろうと1番を見る。解き口がわからない。オヤッとショックをうけて2番を見る。わからない。3番以下5番まで、すべて問題と私との間になにか霞がかかったようで、解き口のトの字も思いつかない。もう一度読みなおす、わからない。

 時計を見ると、すでに20分はたっている。これでは数学はうっかりすると零点だ。私は失望と焦燥に目先が暗くなるような印象をもった。その瞬間、私は射精してしまった、しかも大量に。ズボン下がびしょ濡れになる。その不愉快さと同時に頭の霞が消え去ったように思われた。1番を見る。なんとやさしい問題か。たちまちに解いてしまう。そして2番、3番、4番、5番、全部解き終わっても、まだ時間は1時間近くも余裕がある。あまり早く出すのもキザだと思い、20分ほど前に答案を出したが、これが私の数学における滑稽な頂点である。

 

 何故そんなときに射精などするのだろう? あの頃ってそうだっけ?