金子光晴『詩人/人間の悲劇』を読む

 金子光晴『詩人/人間の悲劇』(ちくま文庫)を読む。「詩人」は自伝、「人間の悲劇」は自伝的詩集。「解説」で高橋源一郎が、日本を代表する近代詩人のベスト5を選んで、中原中也宮沢賢治萩原朔太郎高村光太郎らと並べて第1位に金子光晴を挙げている。

 この「詩人」という自伝がメチャ面白かった。本当に波乱万丈の人生を送った人なのだ。戦前の大正期と昭和初期の2回ヨーロッパへ渡ってそれぞれ4、5年ほど過ごしている。最初の渡航は十分な金があったが、2度目は妻三千代も一緒の旅行で、極貧旅行だった。男娼以外なんでもやったという。絵も巧かったので春画を描いて売ったりもしていた。

 2度目の旅行は初めアジア各地を転々としていた。少し金ができたところで三千代だけヨーロッパへ送り出している。このあたりのことが『マレー蘭印紀行』になっているらしい。これは読んでみたい。

 さて、本書から、

 僕の前に、僕の理想を如実に実践している一人の選手が現れた。前野孝雄であった。(……)前野ほどの美貌は、僕が今日まで他にあまりみない位で、その美貌にものを言わせて、それが人生のたった一つの仕事のように、彼はつぎつぎと何人でも新しい女をつくっていった。黒い手帖に、彼の知った女たちの名が忘れないようにびっしりと書きつけてあったが、僕がつきあいはじめた時、すでに80何人の、素人女の名が書きとめてあった。路ですれちがった女も、魚を釣るように釣った。

 

 金子もその真似をするが「むくいられるところがなかった」。

 詩集『こがね蟲』の草稿を完成させるために、友人が京都の等持院の茶室を借りてくれた。

(……)朝は早く、小坊主が、/「金子はん。ごはんおあがり」/と、起しにきてくれる。ついてゆくと、台所のひろびろとした板の間に、四、五人の僧達が、箱膳を前にして、行儀よく坐っている。まんなかに大きな汁鍋がある。ろくに実のはいっていないうすい汁だ。他に漬物があるきりだ。食事が終ると、注いだ湯で上手に茶碗と碗を洗い、洗った汁をのんで、ふきんでふき、そのまま膳におさめる。昼は、南瓜か、茄子などを辛く煮たもの一いろ、晩は、朝ののこりの汁で雑炊をつくってたべる。おどろくべき粗食だった。僕は、二日で閉口してしまった。

 金子は小坊主が起しに来ても聞こえないふりをし、11時頃にそっと寺を抜け出し、新京極あたりで食事を済ませて、夜みなが寝静まってから帰り、3食とも寺のものを食べないことにした。

 義父の俳句「復員や箸立つ雑炊熱かりき」を思い出した。