吉行淳之介『やわらかい話2』(講談社文芸文庫)を読む。副題が「丸谷才一 編、吉行淳之介対談集」。やわらかい話というタイトルだけあって、艶めいた対談を集めている。
東郷青児は画家。現在のSOMPO美術館は(旧館名:東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館)東郷青児を記念して創られた。
吉行淳之介 17、8年前に小説集を出されましたね。『半未亡人』。あのなかの女の競売(セリ)の話はフィクションですか。
東郷青児 ほとんどフィクションだけど、ああいった不道徳な反倫理的な生活を、ぼくはフランスでうんと見ているんだ。いまの人にはふつうのことかもしれないけれど、当時の日本人の感覚では、相当強い刺激だった。
吉行 しかし、あれはきれいだった。ああいう情景は、見るだけで、参加されなかったのですか。
東郷 貧乏学生だったから、ヨダレたらして見てるだけ。でも、そういう生活を「悪」だとは思わなかった。そういう生活にあこがれていた。たとえば、日本でなら、女の子が結婚すると、まあ貞操堅固になるでしょう。ところが、当時のフランスの女は「もうじき結婚するから、そしたらいうことをきく。いまは、結婚前だからできない」……日本と反対なんだ。
吉行 日本だと「もうじきお嫁に行くから、その前に……」という考えですね。どういうことなんだろう。
東郷 人妻が浮気をするってことは、フランスの社会では一種の常識みたいになっていて、しない女のほうが病気みたいに思われるんじゃないかな(笑)。男のほうも割り切っていて、たとえ自分の女房でも独占することはできないという諦観をもっている。
藤原義江 (……)ぼくの伴奏者でマキシム・シャピロというロシア人がいて、博多に連れていったら、15、6になる半玉に惚れちゃって「あの女とできなきゃ、伴奏弾かない」っていうんだ。
吉行 すごいのがいるね。勇将のもとに弱卒なし、だ(笑)。
藤原 そしたら、あき子――女房(藤原あき)が「あなた、人道問題だ」っていう。シャピロはでかいんで有名なんだ。「それを15、6のかわいい娘と……。人道問題だ。やめなさい」って。女将さんに聞いたら「本人に聞いてみます」。ところが当人の半玉は「うち、あの人が好きや」っていうんだね。翌朝、女房が心配するから、もう気が気じゃない。行ってみて「どうだった」といったら「ワンダフルだ。朝になったら、彼女がこれでおしまいかって聞いた」(笑)。
金子光晴は詩人。戦前に海外を放浪している。
金子光晴 あのね、夫婦の生活というのは、最初は時間がゆっくりたつでしょ。
吉行 それ、どういう意味ですか。
金子 普通の夫婦はね、3年目ぐらいでしょう、なめるのは。しかし、ぼくはもうそんな悠長なことしてる時間はないから、乗っけちゃおうと思って、初見から。
吉行 なるほど、しかし、どこに乗っけるんですか。
金子 顔の上に乗せちゃうんだ、あれを。それから始める。これは逆コースでしょう。
吉行 なるほど。
金子 生娘なんぞだと、びっくりするようですがね、あの感じも悪くないです。
末尾に「解説対談」として、編者の丸谷才一と渡辺淳一が「吉行さんのもて方と恋愛小説」と題して語り合っている。
丸谷 すごいのよ。瀬戸内寂聴さんから聞いた話だけども、瀬戸内さんが宇野さんの色ざんげをいろいろ聞いたんですって。それで、具体的に名前がいっぱい出てくる。ついに出てこない名前があったんで、瀬戸内さんが「小林秀雄とはどうだったんですか」って聞いたんだって。そしたら宇野さんが、恥じらって「わからない」と言う。
渡辺 それは、あったってことですね。
丸谷 「わからないってどういうこと?」、瀬戸内さんが重ねて聞いたら、「何しろ雑魚寝だったから」って言ったんだって。そういうことをやっているわけですよ(笑)。だから、論理も非論理もあったもんじゃないんだな、そうなると。
渡辺は、吉行が銀座でもてたって言われているけれど、ホステスたちと肉体関係があったのか気にしている。やっぱ下品な渡辺淳一だ。そんな人のことなんかどうでもいいじゃん。