斎藤美奈子『出世と恋愛』を読む

 斎藤美奈子『出世と恋愛』(講談社現代新書)を読む。副題が「近代文学で読む男と女」。

 斎藤の視点はいつも皮肉で辛辣で面白い。

 

 最初にいっておくと、近代日本の青春小説はみんな同じだ。「みんな同じ」は誇張だが、そう錯覚しても仕方ないほど、似たような主人公の似たような悩みが描かれる。

 1.主人公は地方から上京してきた青年である。

 2.彼は都会的な女性に魅了される。

 3.しかし彼は何もできずに、結局ふられる。

 以上が青春小説の黄金パターン。「告白できない男たち」の物語と呼んでおこう。

 

 近代日本の恋愛小説も、じつはみんな同じなのだ。

 いや、「みんな同じ」は誇張である。誇張だが、そういわずにはいられないほど、こっちはこっちで黄金の物語パターンが存在するのである。

 1.主人公には相思相愛の人がいる。

 2.しかし二人の仲は何らかの理由でこじれる。

 3.そして、彼女は若くして死ぬ。

 たまに恋愛らしい恋愛に発展すると、どういうわけか彼女は死ぬのだ。いいかえれば、恋愛に踏み込んだ女は、作者の手で「殺される」のである。

 ここでは「死に急ぐ女たち」の物語と呼んでおこう。

 

 取り上げられたのは、夏目漱石三四郎』、森鴎外『青年』、田山花袋田舎教師』、武者小路実篤『友情』、島崎藤村『桜の身の熟する時』、細井和喜蔵『奴隷』、徳富蘆花『不如帰』、尾崎紅葉金色夜叉』、伊藤左千夫野菊の墓』、有島武郎或る女』、菊池寛真珠夫人』、宮本百合子『伸子』の12作品。個々の作品を分析し、いずれもみんな同じだということを証明する。

 斎藤の手際はなかなか見事で、分析は辛辣なのだ。

 武者小路の『お目出たき人』について、主人公は「26歳にして童貞で、遊郭遊びも拒否している彼は、しかし〈女に飢えている〉ので早く結婚したい。彼にとって結婚は、性欲を満たす合法的な手段なのだ」。

 

 男性が結婚相手に求める条件は何だろうか。

 容姿は欠かせない条件かもしれない。心理学者の小倉千加子は「結婚はカネとカオの交換である」と喝破した(『結婚の条件』)。至当な見解である。

 

 斎藤美奈子は、今まで読んだ『妊娠小説』(ちくま文庫)も、『文章読本さん江』(ちくま文庫)も、『文庫解説ワンダーランド』(岩波新書)も、『挑発する少女小説』(河出新書)も、『日本の同時代小説』(岩波新書)もみな主御白かった。斎藤美奈子に外れはないのだ。