今井むつみ・秋田喜美『言語の本質』を読む

 今井むつみ・秋田喜美『言語の本質』(中公新書)を読む。副題が「ことばはどう生まれ、進化したか」。

 初めにオノマトペを考えていく。オノマトペとは、ドロドロとか、ジャンジャンとか、ゲラゲラのような擬音語、擬態語などを指すことば。オノマトペは「感覚イメージを写し取る」のが特徴だ。世界の各言語にそれぞれオノマトペは存在する。

 西欧の言語学ではオノマトペはまともな言語として扱われてこなかった。今井と秋田は、赤ちゃんがことばを覚える過程から、オノマトペの重要性に着目する。そして、私たちの祖先も発声でアナログ的に外界のモノや出来事を模写していたのが、徐々にオノマトペに変わり、オノマトペ文法化され、体系化されて、現在の記号の体系としての言語に進化していったのではないかという仮説を立てて研究していった。「オノマトペ言語起源説」である。

 認知科学では、「記号接地問題」という未解決の大きな問題がある。「ことばの意味を本当に理解するためには、まるごとの対象について身体的な経験を持たなければならない」。AIが記号「〇〇」を「甘酸っぱい」「おいしい」という別の記号(ことば)と結びつけたら、AIは〇〇を「知った」と言えるのだろうか? という問題だ。これは、「記号から記号へのメリーゴーランド」に過ぎない。記号接地問題を提唱したハルナッドは、少なくとも最初のことばの一群は身体に「接地」していなければならない、と指摘した。

 今井たちは記号接地問題に対してオノマトペを考察することで迫っていく。子どもは最初にオノマトペを覚えていく。

 しかしオノマトペは複雑な言語の体系には到達できない。それを解決するのが「ブートストラッピング・サイクル」という概念だ。これは、くつ(ブーツ)の履き口にあるつまみ(ストラップ)を自分の指で引くと、うまく履くことができることから、〈自らの力で、自身をより良くする〉という比喩に派生し、言語習得の分野の学術用語になった。最初の端緒となる知識が接地されていれば、その知識を雪だるま式に増やしていくことができる。

 さらに推論によって知識を増大させていく。推論には演繹推論、帰納推論、そしてアプダクション(仮説形成)推論がある。プダクション推論は観察データを説明するための、仮説を形成する推論である。たとえば物体は支えがないと落ちるという結論は帰納的に導出できるが、「重力」という概念は帰納推論からは生まれてこない。アプダクション推論がその現象を説明する。

 さらにヒトの子どもは対称性推論を行っていると指摘する。動物は対称性推論をすることはない。対称性推論は、「AならばX」は、「XならばA」という過剰一般化をいう。これは論理的には正しくないが、ヒトの子どもは対称性推論をすることができる。

人間は、アプダクションという、非論理的で誤りを犯すリスクがある推論をことばの意味を学習するずっと以前からしている。それによって人間は子どもの頃から、そして成人になっても論理的な過ちを犯すことをし続ける。しかし、この推論こそが言語の習得を可能にし、科学の発展を可能にしたのである。