町田健『ソシュールと言語学』を読む


 
 町田健ソシュール言語学』(講談社現代新書)を読む。ソシュールはスイスの言語学者で、現代言語学を築いた偉大な学者だ。またその方法から構造主義が生まれた。
 全体の3分の1を占める第1章で町田は難解なソシュール言語学をやさしく丁寧に解説してくれる。初めてソシュールが分かったような気分にさせられる。
 ソシュール以前の言語学は比較言語学が主流だった。現在使われている様々な言語を比較して、各言語の親疎関係を研究して、祖語にさかのぼっていく。その結果、インドの古典語であるサンスクリット語、ヨーロッパの古典語であるギリシア語やラテン語、そして英語やドイツ語、ロシア語やアイルランド語などの現代ヨーロッパ諸語の祖先が一つだということが証明された。それを「インド・ヨーロッパ祖語」という。比較言語学は祖語から現代の言葉まで、どのように変化したか研究する。
 それに対してソシュールは言葉の伝達の仕組みを研究した。言葉はどうして通じるのか。その意味を伝達する要素をラングと言い、個々の音声をパロールと言う。言語学の対象をラングにおいた。そしてラングの単位として単語を重視した。
 ソシュールは言葉を記号の一種だとした。記号は人間が知覚できる表象に意味が結びついたもので、誰にとっても同じ意味を表すように決められたものだから社会性を持っている。記号の意味を「シニフィエ」、表象を「シニフィアン」と言う。町田は前者を「内容部」、後者を「表示部」と呼ぶ。イヌという単語がシニフィアンで、それが指し示す動物(=犬)がシニフィエだ。この表示部と内容部は社会が約束によって結びつけているもので、元来必然性はない。つまり恣意的なものなのだ。これが言葉の第1原理で、第2原理が線状性だ。線状性とは単語が一列に並ぶことを言う。

 ソシュールは、同じ言語を使う人々が共通に意味を伝達し理解するしくみを解明するための対象としてラングを規定し、ラングを構成する基本単位である単語が記号としての性格をもつことを明らかにしました。記号としての単語には表示部と内容部の間に恣意性があり、複数の単語は線状に排列されます。これで、コトバの本質を解明するためには、ラングの要素としての単語の表示部(音素列)と内容部(意味)がもつ性質と、一列にならんでいる複数の単語の間にある関係を中心として分析すればよいことになります。

 しかし言語は歴史的に変化してきている。ラングは変化する。歴史的な変化を含めてラングを分析することは不可能に近いし、またある言語を使う人々はその言語の以前の状態がどうであったかなど知らないで使っている。ソシュールは、ある特定の時点におけるラングの状態を「共時態」と呼び、この共時態を分析することが言語学の第一の目標になると主張した。
 これに対して言葉が歴史的に変化したという事実を「通時態」と言う。ソシュール以前の言語学は通時態の研究が中心だった。
 また、ソシュールは、何らかの対象が作る集合で、その要素の特徴が他のすべての要素との関係で決まってくるという性質をもつものを「体系」と呼んだ。ある言語がもっている単語の集合は、それぞれの単語の意味が他の単語との関係で決まるので、この定義からして体系だとすることができる。
 さらに複数の単語によって構成される単語よりも大きな単位のことをソシュールは「連辞」と呼ぶ。この連辞の中にある単語の間に見られる関係を、ソシュールは「連辞関係」と呼んだ。ソシュールの後、連辞を作っている単語の並び方や意味的な関係を明示的な形で表したものを「構造」という用語で呼ぶようになった。
 ソシュールに始まる言語学は「構造主義」の言語学と呼ばれる。
 ここまでが第1章で、この後、ソシュールの後継としていくつかの学派が紹介されている。プラハ学派、コペンハーゲン学派、バンベニスト、機能主義など。これが私にはとても難しかった。最後に第5章として、「構造主義言語学の課題」が置かれている。この章で日本語も含め具体的な分析が示される。この最後がまたおもしろかった。
 全体にかなり難しいが、ソシュールの紹介としてはわかりやすく丁寧なものだと思う。


ソシュールと言語学 (講談社現代新書)

ソシュールと言語学 (講談社現代新書)