西脇順三郎『Ambarvaria 旅人かへらず』を読む

 西脇順三郎『Ambarvaria 旅人かへらず』(講談社文芸文庫)を読む。初期の詩集『Ambarvaria(アムバルワリア)』と戦後すぐに発表した『旅人かへらず』の2冊をまとめたもの。

 『Ambarvaria』は華麗なイメージと修辞が見事な詩集で、田村隆一も影響をうけたという。

 

  天気

 

(覆(クツガエ)された宝石)のやうな朝

何人か戸口にて誰かとさゝやく

それは神の誕生の日。

 

 

  旅人

 

汝カンシャクもちの旅人よ

汝の糞は流れて、ヒベルニヤの海

北海、アトランチス、地中海を汚した

汝は汝の村へ帰れ

郷里の崖を祝福せよ

その裸の土は汝の夜明だ

あけびの実は汝の精魂の如く

夏中ぶらさがつている

 

 

  ホメロスを読む男

 

夜明と黄昏は静かに

金貨の両面のやうに

タマリンドの樹を通つて

毎日彼の喉のところへやつてきた

その時分彼は染物屋の二階にゐた

その時分彼は三色菫の絵がついてゐる

珊瑚のパイプをもつてゐた

ガリア人は皆笑つた(君のパイプは

少女の手紙かビザンチウムの恋愛小説

のやうなパイプだね――ウーエー)

しかしその燐光の煙は鶏頭の花や

眼が見の鼻や腰をめぐる

 

 

 しかし、後半の「旅人かへらず」になると一転して日常的な短文詩に変わる。

 

47

 

百草園の馬之助さんは

どうしたかな

春はまだ浅かつた

山の麓の家で嫁どりがあつた

坂をのぼつてみると

こぶしの花が真白く咲いていた

仏陀の雲のちぎれ

西の山に光りさす

 

78

 

こま駅で夏の末

百姓のおばさんから梨を買つた

その女(ヒト)は客をよろこばす

つもりで面白いまねをして

笑はせてお礼のかはりをした

この辺に郷土学者がゐないかな

神話の残り淋しき

 

82

 

鬼百合の咲く

古庭の

忘らるる

こはれた如露のころがる

 

 

 むかし百草園の坂を下ってみるとモッコウバラが咲いていた。あの情景を彼女はまだ憶えているだろうか。

 西脇順三郎もこま駅に行ったことがあったのだ。高麗神社を訪ねたのだろうか。それとも巾着田へ行ったのか?