丸谷才一の「食通知つたかぶり」(中公文庫)は全国の有名料理店の食べ歩き紀行。昭和47年から50年の「文藝春秋」に隔月で連載された。丸谷がこれを書いたのは「何よりもまづ文章の練習として書かれた」由。普通なかなか食べられない料理店へ行つている。ステーキの「あら皮」(あらがわ=あらの漢字は鹿が三つ)も神田室町の天麩羅屋「はやし」も一人前2万円以上はするとのこと。しかも、はやしはカードが使へない。こんな店へ文藝春秋の経費で行つて、出された料理を詳しく紹介し、当然絶品だの何だのと書いている。これは有名料理店の単なる宣伝コピーではないか。つまらないエッセイだつた。
つまらないなどと丸谷大先生に対して断定的なことが言へるのも、同じやうに全国各地のうまいものを食べ歩いている面白いエッセイがあるからだ。それは筑摩書房のPR誌「ちくま」に連載されている井上理津子の「旅情酒場をゆく」のこと。丸谷大先生との違ひは、そこへ行くまでの旅が詳しく書かれており、料理屋の主人との会話がいきいきと再現されている。料理のほかにそれを取り巻く人間について語られているのだ。
料理がどんなにうまかつたかなどは、せいぜいグルメガイドにはなつても、ちやんとしたエッセイになるはずがない。つまらなかったと断言する所以である。
- 作者: 丸谷才一
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2010/02/01
- メディア: 文庫
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