丸谷才一のエッセイ集「双六で東海道」(文春文庫)を読んでいる。そこに「桜餅屋の十五の娘」という章があり、明治のジャーナリスト福地桜痴の幕末関係の史書を褒めている。その福地の「幕末政治家」(岩波文庫)の冒頭で詳しく論じられているのが老中阿部正弘、きわめて優秀で、25歳で老中になり39歳で亡くなるまで首相格の位置にあったという。
……もし阿部伊勢守(正弘)が39歳で亡くならなかつたら、徳川幕政はずつとつづいて、今われわれは、小泉なにがしの守が首席老中である日本に生きてゐるのか。石原なにがしの守が江戸町奉行で、テレビの前でしきりに乱暴なことを言ふわけか。ウーム、難解な問題だなあ。
しかし、差当たつては、もし阿部伊勢守がもつと長生きすればといふ仮定にについて探求しなければならない。そのためには彼の死因を探る必要があるのだが……その材料が残つてゐるんです。
三田村鳶魚の考証によると、安政4年(1857)閏5月3日、水戸の烈公が側用人に与へた手紙のなかで、ゴシップを伝へてゐる。昨日、中納言(水戸の当主、慶篤)から聞いた話だが、勢州(阿部伊勢守)もじつに痩せ衰へ、夜中なら向ひ合つて話をするのも厭なくらゐ。絵に描いた幽霊のやうで、立居ふるまひもむづかしさうである。(中略)中納言の話では、お城の茶坊主などは、15歳の新しい妾(向島桜餅屋の娘)が出来たせいと言つてゐるとやら。(中略)たとへ妾が三千人ゐたとても、交合の回数をきちんと決めて置けば、体に障るはずはないのに。(下略)
川口松太郎は、どこかで、男が若い愛人を持つのはぜつたいに危険だ、かならず頑張つてしまふと妙に力説してゐたけれど、たしかに、39の男と15の娘といふのは食ひ合せが悪さうですね。
向島桜餅屋って墨田区にある有名な長命寺の桜餅屋に違いない。あそこの娘が日本の歴史を変えたのか!
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