『書物の達人 丸谷才一』を読む

 菅野昭正・編『書物の達人 丸谷才一』(集英社新書)を読む。菅野のほか、川本三郎湯川豊岡野弘彦鹿島茂、関容子が書いている。丸谷が2012年10月に死去したことから、世田谷文学館で丸谷の業績を顕彰するため連続講演会を企画した。本書はその講演を記録したものという。
 菅野が丸谷の小説について書いているが、初期の『エホバの顔を避けて』と『笹まくら』『たった一人の反乱』を詳しく語っている。川本三郎は「昭和史における丸谷才一」と題して語っているが、丸谷の軍隊体験について触れている。それに関係する作品として『にぎやかな街で』を挙げ、徴兵忌避者を取り上げた作品として『秘密』と『笹まくら』を挙げている。また夏目漱石を徴兵忌避者だったと指摘したことにも触れている。
 湯川は丸谷が書評を重要視し、日本に書評文化を根付かせたと強調している。たしかに毎日新聞の書評欄の充実は丸谷の提案によるものだし、現在でも朝日、読売を抜いて、書評欄に関しては断然毎日新聞がトップを走っている。
 岡野は國學院大學で丸谷の同僚だった。丸谷が日本文学史に、勅撰和歌集をもって時代を画するという画期的な方法を提示したことを紹介し、また岡野と大岡信の3人で連句を巻いたことを、具体的な例を挙げながら語っている。そして岡野は講演の最後に丸谷の納骨に立ち会ったことを報告する。

 納骨の日にも行きました。丸谷さんが非常に大事にせられた編集者の人々や友人が集まって、納骨をいたしました。ちょうど納骨が終わって帰ろうとするころ、海の方の空が夕映えの色になって、ああ、これから四季折々、丸谷さんはこの夕映えの空を見て、この墓に鎮まっていられるんだなと思いました。

 鹿島は丸谷が官能的なものに理解がある作家だったと回想する。また優れたアンソロジストであり、モダニストであった。そして座談の名手であったと。小説作品では『樹影譚』を代表作であると推している。
 歌舞伎に関するエッセイストである関容子は丸谷の『忠臣蔵とは何か』を取り上げる。
 私は丸谷才一の小説は数編しか読んでこなかった。小説はあまり面白くはなかった。一流の小説家とは言いかねるのではないか。やはり豊富な学識を駆使したエッセイが一番楽しめた。エッセイなんて余技のようなものだから、そのことに誰も触れなかったのだろうか。いや丸谷のエッセイはなかなかの芸だったと思う。


書物の達人 丸谷才一 (集英社新書)

書物の達人 丸谷才一 (集英社新書)