ウィリアム・アイリッシュ『夜は千の目を持つ』を読む

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 小曽根真の初期のアルバム『スプリング・イズ・ヒア』を持っている。小曽根は好きなジャズ・ピアニストだが、このアルバムが一番好きだ。中に「夜は千の目を持つ」が入っている。コルトレーンソニー・ロリンズも演奏しているジャズのスタンダード・ナンバーだ。

 これが同名の映画音楽から採られているようだが、映画には興味がなかった。ただ原作の小説は気になっていた。それでようやくウィリアム・アイリッシュ夜は千の目を持つ』(創元推理文庫)を読んでみた。ミステリを読むのは西村京太郎『華麗なる誘拐』以来1年ぶりだった。

 創元推理文庫で446ページ、全21章のうち2章だけで157ページを占めている。身投げを計ったヒロインの「告白」の章だ。未来を予告する人物がいて、彼女の父親の死が予告されている。身投げを救った刑事が中心になって、その予告の謎を探っていく。

 結末に至ってもほとんどの謎は解明されない。伏線は回収されない。本書がアメリカで1945年に発表された古い作品だとはいえ、謎が放っておかれる構成は作品にとって大きな傷であり、映画化されたことで人気が出たとしても、評価は決して低くはない。なぜだろうか。

 それは細部の面白さ、細部まで十二分に書き込まれた情景やエピソードの面白さだと思う。その豊かな情景描写が読者を飽きさせないで最後まで引っ張っていく。だいたいヒロインが身投げの理由を深夜のレストランで明け方まで語り続けるという設定に、不自然に過剰なものがあり、しかしそれを読み通させるアイリッシュの筆力があるということだろう。

 久しぶりのミステリは満足度が高かった。