泡坂妻夫『亜愛一郎の狼狽』を読む

 泡坂妻夫『亜愛一郎の狼狽』(創元推理文庫)を読む。ミステリ作家泡坂妻夫のデビュー作という。泡坂の造形した探偵が亜愛一郎だ。姓が「亜」という変わったもの。専門の探偵ではない。いつもたまたま事件の現場に居合わせ、刑事たちには分からない見事な推理を駆使して難事件を解決していく。
 泡坂妻夫を読んだのは、誰だったか推理作家が本書を推薦していたからだ。泡坂は1933年生まれ、2009年に76歳で亡くなっている。日本の推理作家の大先輩だろう。名前を失念した推理作家は、先輩への礼儀として推薦したのではないか。本書を読み終わって、なぜこれが推されたのか疑問に思って出した結論がそれだった。優れたミステリとは言いかねた。
 探偵亜愛一郎の造形もあいまいだし、個性的な魅力も感じられない。提示される謎はたしかにユニークなものだが、その謎解きはなんだかアクロバティックなものだ。厳しい言い方をすれば取って付けたような展開だ。
 本書は8篇の短篇からなり、その冒頭デビュー作である「DL2号機事件」の雑誌『幻影城』への初出が1976年3月号だった。当時は日本の推理小説界の草創期だったので、この程度でも迎えられたのかといえば、松本清張の『点と線』はすでに1958年に発表されている。推理小説の世界をよく知らないのだが、娯楽的なものはそんなに数多く出ていなかったのだろうか。
 厳しい評価になってしまったのは、ミステリに対する私の基準が、ジョン・ル・カレだからだ。すると、このようにどうしても辛口にならざるを得ない。
 以前、まだ直木賞を受賞する前の道尾秀介『向日葵の咲かない夏』への不満を書いたことがあった。人気作家というのは熱烈なファンが多く、その投稿へのコメントが50件以上も付いたのだが、それらの大半が道尾の作品を評価し私を批判するものだった。創元推理文庫の『亜愛一郎の狼狽』は、私が購入した2012年ですでに17版、初版が1994年だったので、ほぼ1年に1版の増刷をしていることになる。一般的には評価は悪くないのだろう。


亜愛一郎の狼狽 (創元推理文庫)

亜愛一郎の狼狽 (創元推理文庫)