トマス・フラナガン『アデスタを吹く冷たい風』(ハヤカワ文庫)を読む。本書はもともと1961年にハヤカワ・ミステリから刊行され、長く絶版になっていたものらしい。その復刊希望アンケートで、1998年(ハヤカワ・ミステリ45周年記念)と2003年(50周年記念)の2度にわたって票を一番集めたのだという。今回それがようやく文庫化されたものだ。
7篇の短篇が収められているが、うち4篇はフランコ独裁政権下のスペインを想起させる《共和国》という国が舞台で、いずれもテナント少佐が主人公となっていて、見事な推理で謎を解いている。テナントの人間性は複雑で、《共和国》にも「将軍」にも完全には共感していないように描かれている。
謎の設定がおもしろく、その謎解きが独創的で見事なのだ。復刊希望アンケートで2度にわたってNo.1に輝いたというのがよくわかる。一方、その謎解きが完全ではないという印象も受けるのだ。よく詰められていないのではないのか。千街晶之の解説によれば、ここに収められている「玉を懐いて罪あり」の短篇は、土曜日の午後にたった2時間で書き上げたという。その詰めの甘さが、出版社に長く絶版の対応を取らせたのではないだろうか。
訳者は著名なミステリ翻訳者の宇野利奏、しかし宇野も大久保康男同様、翻訳者集団を組織していて、彼らに訳させたものを自分の名前で発表していたというから、本当の訳者は分からない。50数年前の翻訳で、ところどころ難しい言葉が使われている。「獅子のたてがみ」にも次のような一節がある。「モレル大佐が、獅子という異名で謳われているのは、きみも承知だろう――その異名は、敵をとりひしぐのに勇猛であるからでもあり、また女を征服するにも力づよかったからでもある」。私はこの「とりひしぐ」が分からなくて辞書をひいた。「玉を懐いて罪あり」にも、「太公の使臣は、大判の罫紙にむかって、鵞ペンをインクに走らせた」という一節があり、「ペンをインクに走らせる」という言い方を初めて知った。こんな言い回しがあったのか?
トマス・フラナガンは、この7篇の短篇ミステリのほかには、長篇の歴史小説が3作あるという。根っからのミステリ作家ではないのだろうか。
- 作者: トマス・フラナガン,宇野利泰(訳),篠田直樹
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2015/06/04
- メディア: 文庫
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