ウンベルト・エーコ『永遠のファシズム』を読む

 ウンベルト・エーコ『永遠のファシズム』(岩波書店)を読む。著者は『薔薇の名前』で有名なイタリアの作家。本書は講演や雑誌などに掲載された時事評論的な論文5編を収めたもの。翻訳は1998年に出版されたが、現在品切れとなってamazonで古本に高値がついている。だが岩波は増刷しないだろう。岩波現代文庫で再発売されるほどの内容とも思えない。中では「永遠のファシズム」が興味深かった。これは1995年にヨーロッパ開放記念行事として、コロンビア大学が主催したシンポジウムで講演したもの。エーコはここでファシズムの典型的特徴を列挙している。そうした特徴をそなえたものを「原ファシズム」もしくは「永遠のファシズム」と呼んでいる。
1 原ファシズムの第1の特徴は〈伝統崇拝〉である。伝統主義はファシズムより古く、古典ギリシャの合理主義に対する反動として、後期ヘレニズム文明において生まれた。これは混合主義にならざるをえなかった。
2 伝統主義は〈モダニズムの拒絶〉を意味の内に含んでいる。啓蒙主義や理性の時代は近代の堕落の始まりとみなされ、この意味において原ファシズムは「非合理主義」である。
3 非合理主義は〈行動のための行動〉を崇拝するか否かによっても決まる。行動はそれ自体すばらしいもので、事前にいかなる反省もなしに実行されなければならない。思考は去勢の一形態とされる。知的世界に対する猜疑心は、いつも原ファシズム特有の兆候である。
4 混合主義は批判を受け入れることができない。原ファシズムにとって意見の対立は裏切り行為となる。
5 意見の対立はさらに、異質性のしるしでもある。ファシズム運動もしくはその前段階的運動が最初に掲げるスローガンは、「余所者排斥」だ。だから原ファシズムは明確に人種差別主義者なのだ。
6 原ファシズムは個人もしくは社会の欲求不満から発生する。下層社会集団の圧力に脅かされ〈欲求不満に陥った中間階級〉への呼びかけが、歴史的ファシズムの典型的特徴の一つとなる。
7 いかなる社会的アイデンティティももたない人びとに対し、原ファシズムは、諸君にとって唯一の特権は、全員にとって最大の共通項、つまりわれわれが同じ国に生まれたという事実だと語りかける。これが「ナショナリズム」の起源だ。原ファシズムは心性の根源に〈陰謀の妄想〉を抱え込み、それを明るみに出すために〈外国人ぎらい〉の感情に訴える。
8 (略)
9 原ファシズムにとってあるのは「闘争のための生」で、「生が永久戦争だから」平和主義は悪とされる。敵は根絶やしにすべきものであり、最終戦争は避けられない。
10 原ファシズムは「大衆エリート主義」を標榜する。集団は〈軍隊式の〉階級制度に従って組織され、下位の指導者はすべからく自分の部下たちを蔑み、その部下たちはさらに下級の部下たちを蔑むことになる。
11 原ファシズムイデオロギーでは、英雄主義は規律で、その英雄崇拝は「死の崇拝」と緊密に結びついている。原ファシズムの英雄は、死こそ英雄的人生に対する最高の恩賞であると告げられ、死に憧れる。
12 永久戦争にせよ、英雄主義にせよ、それは現実には困難だから、原ファシストはその潜在的欲望を性の問題に摺りかえる。これがマチズモ(女性蔑視や、純潔や同性愛にいたる非画一的な断罪)の起源になる。しかし性もまた困難な遊戯だから、男根の代償として武器と戯れるようになる。
13 原ファシズムにとって、個人は個人として権利をもたない。量として認識される「民衆」こそが、結束した集合体として「共通の意志」をあらわし、指導者はかれらの通訳をよそおう。質的民衆主義を理由に、原ファシズムは〈「腐りきった」議会政治に反旗をひるがえすに違いない)。
14 原ファシズムは「新言語」を話す。新言語とは、貧弱な語彙と平易な構文を基本に据えることで、総合的で批判的な思考の道具を制限しようともくろんだものだ。それは大衆的トークショウといった罪のない形をとっていることもある。
 またユダヤ人虐殺に関連して、

 その堪えがたい事態に対して、ホロコースト否定論者たちの卑劣な会計係は、死亡者が本当に600万人なのか勘定することで、500万、400万、200万、100万と、まるでその人数いかんによって、うまく商談に持ち込めるかのごとく、膿を撒き散らしているようだ。もしもかれらがガスにかけられたのでなく、不注意でそこに入れられたがために死んだのだとしたら? たんなる入れ墨アレルギーが死因だったとしたら? 

 もうこの辺にしておこう。



永遠のファシズム

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