ジュール・ルナール『にんじん』(新潮文庫)を読む。裏表紙の惹句から、
にんじん――。髪の毛が赤くてそばかすだらけのルビック家の3番目の男の子はみんなからそう呼ばれていた。あだなをつけたのはお母さんだ。お母さんは、にんじんに夜の暗闇のなかをにわとり小屋の扉を閉めに行かせたり、おもらししたおしっこを朝食のスープに混ぜて飲ませたりする……。だが、にんじんは母親のいじわるにも負けず成長してゆく。『博物誌』の著者の生命力あふれる自伝的小説。
私が中学生の頃、祖父が自分の子どもの頃もこのにんじんのようだったと言った。それが過剰な自己憐憫に思えて、それで多少は反発して手に取らなかった。でも名作ということになっているので、いつかは読まなければと思っていた。書店で見つけた本書は2014年に新訳で出たものだった。つい買ってしまった。
裏表紙の惹句にあるように、母親から信じられないような意地悪をされる。おしっこをスープに混ぜて飲ませるとか、母親が尿瓶を用意するのを忘れたので夜中ににんじんは暖炉におしっこして叱られる、母親は自分の失敗を誤魔化すためにこっそり尿瓶をベッドの下に置いて、さも昨夜から用意してあったかのように言う、とか。
ただ、それらが虐待というにはいささか軽く、意地悪というくらいが妥当なほどだ。しかし母親が幼い息子になぜそんな意地悪をするのかよく分からない。ルナールも私の祖父同様少し自己憐憫が強かったのではないかと想像してしまう。
高校生くらいの時に読んだ『博物誌』は面白かった。『にんじん』が一応名作とされている理由が分からなかった。
