池田嘉郎『ロシア革命』を読む

 池田嘉郎『ロシア革命』(岩波新書)を読む。副題が「破局の8か月」とあり、類書と異なり2月革命から10月革命までの具体的な政治の動きをテーマにして、それを破局に至る過程として描いている。沼野充義の書評が毎日新聞に掲載された(2017年3月5日)。その書評より、

 一口に1917年の「ロシア革命」といっても、2月革命と10月革命の2段階からなっている。ごく常識的な説明をすれば、まず2月革命で、3世紀続いたロマノフ朝が倒されるとともに、自由主義者を中心とする臨時政府が作られた。しかし同時に、より急進的な労働者・兵士の代表組織であるソヴィエトが強大な勢力となり、社会は二重構造に陥った。しかも当時、ロシアは第1次世界大戦のさなか。国全体が出口の見えない総力戦に疲弊しつつあった。このような混迷状態の中、様々な社会勢力の複雑な対立や、街頭の混乱、クーデター未遂事件などを経て、ついに機を見澄まして表舞台に登場した革命家集団ボリシェビキ武装蜂起を敢行、権力を掌握した。これが10月革命である。
 ロシア革命といえば、多くの人は、この10月革命を「本番」ないしは「終着駅」と考えがちだ。そして歴史の記述は、この革命の後にソ連という特殊な国がいかに作られていったかに焦点を合わせることになる。それに対して、池田氏の著書は、禁欲的に、2月革命から10月革命までの「破局の8か月」に限定して、その複雑なプロセスを丹念に具体的に物語っていく。その目的も明確だ。10月革命によって何が獲得されたかではなく、2月革命によって模索された可能性がいかに閉ざされていったか、10月革命までの間に何が崩壊していったかを明らかにすることである。
 分析の際、池田氏が用意した枠組みは、ロシア社会が基本的に、「公衆」と「民主勢力」に分断されていたという見方である。前者は自由主義者が属するエリート層。後者は労働者・農民・兵士などの民衆であり、社会主義者に率いられる急進勢力だ。両者の懸隔は大きく、それぞれの理想も異なっていた。そして、結局、理想主義者の努力は民衆には届かず、革命によって解き放たれた民衆の「自然力」は自由主義者には抑えられず、「街頭の政治」になだれこみ、終末論的な猛威をふるうことになったのだ。詩人ブロークが、「ブルジョアどもには災難だが/世界の火事を燃え上がらせよう/この血に燃える世界の火事を/神よ、祝福してくれ」と歌った通りだ。ロシアをヨーロッパの先進国にしようという、自由主義者の理念は10月革命によって潰えた。

 ロシア革命が成功だったとの前提からはレーニンが英雄になる。しかし池田の説く歴史からは、レーニンは乱暴な政治屋にすぎない。きわめて刺激的なロシア革命史だった。


ロシア革命――破局の8か月 (岩波新書)

ロシア革命――破局の8か月 (岩波新書)