太宰治『人間失格』の「ワザ。ワザ」





 新橋のシオサイトには日本テレビがある。それで地下通路というか地下広場には日テレの大きなポスターが貼られている。それを見ると太宰治人間失格』を思い出す。

 その日、体操の時間に、その生徒(姓はいま記憶していませんが、名は竹一といったかと覚えています)その竹一は、れいに依って見学、自分たちは鉄棒の練習をさせられていました。自分は、わざと出来るだけ厳粛な顔をして、鉄棒めがけて、えいっと叫んで飛び、そのまま幅飛びのように前方へ飛んでしまって、砂地にドスンと尻餅をつきました。すべて、計画的な失敗でした。果して皆の大笑いになり、自分も苦笑しながら起き上ってズボンの砂を払っていると、いつそこへ来ていたのか、竹一が自分の背中をつつき、低い声でこう囁きました。
「ワザ。ワザ」
 自分は震撼しました。ワザと失敗したという事を、人もあろうに、竹一に見破られるとは全く思いも掛けない事でした。自分は、世界が一瞬にして地獄の業火に包まれて燃え上るのを眼前に見るような心地がして、わあっ! と叫んで発狂しそうな気配を必死の力で抑えました。

 ポスターに写っているタレントたちのポーズはどう見ても「ワザ。ワザ」だ。タレントたちも視聴者が喜ぶからこんなバカをしている。ディレクターやプロデューサーはインテリだから、本心は恥じているに違いないが、視聴者に受けるからこんなことをさせている。視聴者は本心から喜んでいる。つまり、数が社会を支配するようになったのだ。
 私が『お宝! 何でも鑑定団』しか見ない間に、テレビではこんなことになっていた。緩やかに傾斜して下っている道はこの先どこに通じているのだろう。


人間失格 (新潮文庫)

人間失格 (新潮文庫)

斜陽・人間失格・桜桃・走れメロス 外七篇 (文春文庫)

斜陽・人間失格・桜桃・走れメロス 外七篇 (文春文庫)

人間失格、グッド・バイ 他一篇 (岩波文庫)

人間失格、グッド・バイ 他一篇 (岩波文庫)