加藤典洋『完本 太宰と井伏』を読む

 加藤典洋『完本 太宰と井伏』(講談社文芸文庫)を読む。5月に加藤が肺炎で亡くなった。以前『敗戦後論』を読んで感心したが、それ以外加藤を読んでこなかった。いや、『敗者の想像力』は素晴らしかった。加藤の死をきっかけに何か読んでみようと本書を手に取った。
 本書は太宰治はなぜ自殺したのかと問うている。そのきっかけは猪瀬直樹の『ピカレスク』だという。私は『ピカレスク』には感心した。太宰が小説のテーマのために自殺や心中を繰り返し、しかし最後に冷静な心中相手から太宰が青酸カリを飲まされて死ぬことになったと結論していた。太宰は作品のために狂言で心中相手を殺していたのだと。
 加藤は太宰を分析する。太宰が遺書で井伏鱒二を悪人だと書いていることの謎にも迫る。きわめてすぐれた分析だ。太宰は狂言自殺などではなかった。
 太宰のところへ通っていた青年三田循司君のアッツ島からのハガキが届く。「大いなる文学のために、/死んで下さい。/自分も死にます。/この戦争のために。」と。そしてその後三田君がアッツ島で玉砕したことを知らされる。
 太宰の最後の小説『人間失格』は、三島由紀夫に影響を与えて、三島が『仮面の告白』を書いたと加藤は言う。
 加藤は71歳で亡くなった。それは寿命としては十分と言えるだろう。『図書』には簡単な自伝を連載していた。それも含めてもっと長生きして書きき続けてほしかった。

 

 

完本 太宰と井伏 ふたつの戦後 (講談社文芸文庫)