丸谷才一エッセイ傑作選2『膝を打つ』を読む

 丸谷才一エッセイ傑作選2『膝を打つ』(文春文庫)を読む。主として対談を収めている。生前、丸谷に「丸谷才一全集 全12巻」に収録しなかったユーモアエッセイや対談を文庫版で傑作選として収録すると約束していたのだという。軽くて読みやすくおもしろい情報がたくさん詰まっていて、丸谷の仕事の中ではエッセイが一番好きだ。
 吉行淳之介との対談「大声について」から、

丸谷  これも平安朝の和歌で、


  よをこめてなく鶯の声きけばうれしく竹をうゑてけるかな


 というのもある。これは、明け方の鶯の声を聞けば、よくぞ鶯がとまる竹を植えたと思って満足だということですね、表面は。しかしこれは、明け方に女が出す声の音(ね)を聞いて、こういう妾宅をつくってよかったなと思う、という意味ですね。鶯の声という場合には女だと考えると、かなり解けるのがありますよ。

 司馬遼太郎との対談「日本文化史の謎」から大正天皇の書について、

司馬  そうですね。わたしが聞いているなかでも、歴代天皇のなかで(大正天皇の)書は屈指の腕前なんだと言いますね。
丸谷  國學院大學の教員室で、老先生たちが、大正天皇の書はここ何代かのうちでいちばんいいと話しあっていたことがあるんですよ。そのとき、なかのひとりが、いや、歌も非常にいい、書よりは少し落ちるかもしれないが、と言ったんです。そのときわたしが、「しかし、巷間つたえられるところによると、あの方はちと問題があったという話ですが」と訊いたら、英語の菊池武一という先生が、「いや、丸谷君、うんと優秀な人間がああいうつまらない商売をさせられれば、おかしくなるのはあたりまえじゃないか」と言った。

 堀口大學との対談「『明星』の詩と短歌」から。大學は慶応に1年近くだけ在籍したが、国文学の講義は与謝野晶子が『源氏物語』を、与謝野鉄幹が『万葉集』と『和泉式部歌集』を担当してくれたて、それを4、5人で聴講した。同級生は三ヶ島葭子、原田琴子、大貫かの子(後の岡本かの子)、水上瀧太郎らだった。

丸谷  同級生がまたいいですね。
堀口  ええ、岡本かの子って人は、あのころからもう変わっていましたね。厚化粧で、多摩川の向うに蔵が48戸前並んでいるほどの豪家のお嬢さんでしょう。古い長持ちの中から出して着てくるんでしょうね。衣装が見事な綾錦で、帯なんか金襴ですよ。それを誇らかに身につけて駿河台に通って来たなあ。
丸谷  へんなもんでしょうねえ。(笑)
堀口  一生、そういう方でしたね。岡本太郎君はそれを受け継いでるんだな。

 大學ともあろう人がこの対談の中で、「とんでもございません」と言っている。これは「とんでもな」までが語幹だから、「とんでもないことです」と言わなければいけない。
 相変わらず楽しい読書だった。丸谷が亡くなってしまい、もう彼の新しいエッセイを読むことができないのが残念だ。