『絵を描く俘虜』を読む

 宮崎静夫『絵を描く俘虜』(石風社)を読む。宮崎は1927年熊本県生まれ。昭和17年15歳で満蒙開拓青少年義勇軍に志願して満州へ渡る。昭和20年17歳のとき関東軍へ現役志願するが、間もなく終戦、10月にソ連軍の捕虜としてシベリアへ抑留され、4年間の苛酷な俘虜生活を送る。帰国してしばらくしてから海老原喜之助に師事し絵画を学ぶ。昭和45年に1年間渡欧した。銀座のみゆき画廊で何度も個展を開く。
 本書は半分が九州の新聞に書いた生い立ちやシベリア体験などを綴ったエッセイ、半分が熊本日日新聞に連載したヨーロッパの寺院や熊本の古寺を巡った紀行文からなっている。
 以前みゆき画廊の個展の折り画家と話したことがあった。同じく俘虜を体験してシベリアシリーズを描いて評価の高い香月泰男の作品のことを、シベリアの体験はあんなものではない、自分の絵画の方が本当のシベリアだと言っていた。
 シベリアをテーマに描いた画家にはほかに宮崎進がいる。宮崎進はドンゴロスに土を塗り込めた抽象的なシベリアシリーズを描いている。香月は死者の顔などを暗い背景に並べたりしている。宮崎静夫の作品はたしか具象的なものだった。リアルという言い方をすれば宮崎静夫だろう。
 シベリアといえば石原吉郎を忘れることはできない。詩人の石原はシベリア抑留の体験を描いた『望郷と海』というきわめて優れたエッセイを書いている。それは苛酷という言葉すら越えたものだ。
 宮崎静夫のエッセイを読めば、真摯で誠実な人柄が浮かんでくる。ただ、シベリアの苛酷な体験は断片的にしか綴られていない。石原を読んだあとでは物足りなく思うのは仕方ないだろう。宮崎静夫は画家であって文筆家ではない。それを求めるのは酷かもしれない。そういえば香月泰男はシベリア体験を本にしているが、香月亡きあと、立花隆があれを書いたのは自分で、ゴーストライターの役目をしたのだと公表していた。
 この本のことを長く満蒙開拓青少年義勇軍を研究している友人に話したら、今年3月熊本放送宮崎静夫のことをドキュメンタリーとして制作しテレビ放映したという。友人もそれに出演したのだと教えてくれた。8月15日にはあらためて1時間番組に再構成したものを放映する予定らしいと。
 宮崎静夫の個展をもう一度見てみたい。


絵を描く俘虜

絵を描く俘虜