山本弘「流木」について


 東京・京橋の戸村美術で山本弘展が開かれる。DM葉書の絵は「流木」という作品を選んだ。以前から、なぜこの絵が「流木」と題されているのか不思議だった。葉書を見た山本さんの娘の湘ちゃんからメールをもらって、その謎が分かった気がした。湘ちゃんのメール、

 あの葉書の絵には父との思い出がありはっきりと覚えています。
 父はいつも作品ができあがると、必ず私をよんで乾かぬ絵を真っ先にみせて私に感想をきいていました。私はこの流木の絵とあと2点の感想をきかれ、またいつもながらにこどもらしからぬ感想を言っていました。流木の絵を指さし、私はこの絵は好き、赤がとてもきれい、血がながれているみたい…。父は今までにないほど満面の笑みを浮かべて、心から嬉しそうでした。何故それほど(?) 今でもわかりませんが、歯の抜けた父の笑顔が今でもやきついています。

 もっと詳しく話してとメールした。

 絵の感想は毎回きかれていましたが、たいがい何も言わずに嬉しそうにきいていましたが、あの流木のときは何故かことさら喜んでいました。そうか…とつぶやいていたようなきがします。私が記憶に強く残ったわけは、父の笑顔でした。本当に嬉しそうで、それが焼き付いて、あの絵をみたとき瞬間的にそのことがよみがえってきました。

 この作品は1978年の生前最後の個展に出品されたものなので、その時湘ちゃんは7歳くらいだったはずだ。30年以上前のことをこんなに鮮明に憶えている! 湘ちゃんの感想「赤がとてもきれい、血がながれているみたい…」それに対して「父は今までにないほど満面の笑みを浮かべて、心から嬉しそうでした」という。すると血が流れているみたいというのは間違ってはいないのだろう。
 流木は普通、台風などによる洪水が引き起こす濁流に流される木だ。この絵では赤の中に白い形が見える。濁流は本来茶色〜茶褐色をしている。それがここでは赤く描かれている。これは血の濁流の中を流されている流木なのだ。白い形が流木で、それは画家山本弘に間違いないだろう。自分を血の濁流に流されている流木と捉えているのだ。この流木は骸骨にも思える。終生、酒浸りで深いアル中に苦しみ、生前誰からも認められることのなかった山本の生活を思えば「血のような苛酷な世界」は少しも誇張ではない。
 同じ時の個展に発表したやはり赤が主体の「削道A」という作品もある。

 「削道」とは辞書にはない言葉だが、「索道」なら「広辞苑」によれば「架空した策条に搬器をつるして人または物を運搬する設備。架線ともいい、鉱業・林業の運材施設としても利用」とあり、また「作道」なら「日本国語大辞典」によれば、「道を作ること。また、その道。つくりみち」とある。山本は若い頃山仕事をしていたことがあり、「索道」なら血の濁流を架線で渡るイメージだし、「作道」ならそこに新しい道を作っていく、血のような苛酷な世界に道を開いていくというイメージだ。「流木」の受け身の姿勢とは逆に能動的に働きかけている。
 しかし、また同じ個展に「削道B」という青が主体の作品も出品している。

 AとBの違いなのだから、これらは同一のテーマと考えるのが普通だろう。この混沌とした青い世界は、血の世界が同時に、何か全く違う別の世界でもあることを意味しているのだろう。
 一般に、ただ造形を追求するのが目的の画家たちがおり、また作品に人生が深く関わっている画家たちがいる。山本は後者であり、香月泰男も松本俊介も、またアンゼルム・キーファーも同じだろう。山口長男や斎藤義重、難波田龍起など、またポロックやロスコ、ニューマンなど抽象表現主義の画家たちは前者ではないか。これらはどちらが良いという問題ではなく、二つの流れがあるということだ。ちょうど抽象と具象の流れがあるように。そして山本弘はどんな作品にも自分の人生を重ねて表現していたのではないだろうか。造形的にも見事な山本弘の作品は同時に画家の人生をも表現しているのだった。
 飯田市に住む山本弘の未亡人を訪ね、残された400点の作品をすべて見られた針生一郎さんは、どんな作家にも多かれ少なかれ見る者への媚びがあるものだが、この人(山本)にはそれが全くないと言われた。この人は自分のためだけに絵を描いていると。
 誰からも認められなかった山本の画業がそうさせたのでもあり、絵が自分の人生を見つめるために描かれたということが、そのような評価を得たのかもしれない。
 何人もの美術評論家や画商から、歴史に残る画家だと言われた山本弘の作品をぜひ見てほしい。この人が私の人生の師だった。そのことを誇りに思う。
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 以前書いた「流木」についての解説
山本弘の作品解説(5)「流木」(2007年4月24日)
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山本弘
2011年2月7日(月)〜2月19日(土)
11:00〜18:30(土曜〜17:00)
日曜・祝日休廊
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ギャラリー戸村
東京都中央区京橋2-8-10 丸茶ビルB1
電話 03-3564-0064
http://www.gallery-tomura.com/