福岡伸一が語る食品添加物ソルビン酸

 「生物と無生物のあいだ」(講談社現代新書)の福岡伸一が、講談社のPR誌「本」に「世界は分けても分からない」というタイトルでエッセイを連載している。9月号の第4回はソルビン酸について語っている。
 福岡伸一は最初に「コンビニのサンドイッチはなぜ長持ちするか」と問いかける。商品のラベルには消費期限が概ね製造後36時間以内と記されている。しかし実はコンビニは下請けの製造業者に安全率を2倍かけた72時間以内は品質が変わらないことと申し渡しているという。腐敗は微生物の増殖による。腐敗を防ぐために食品にはソルビン酸を添加している。その量は食品によって1kgあたり1〜3グラムが認められている。ソルビン酸によって微生物は増殖を阻止され、食品は3日間の品質が保証される。
 ソルビン酸は微生物にとって毒として働くが、人間には安全なのか? ラットを使って安全性が試験されている。ラットは体重200グラムくらい。そのラットにソルビン酸を少しずつ増やしながら食べさせる。10匹のラットそれぞれにソルビン酸を1.7グラム食べさせた時点で5匹が死亡する。これを50%致死量と呼ぶ。その量を摂取すると半数が死ぬ、そのような服用量だ。これの量は体重に比例する。これを人間に当てはめると、成人の平均体重を50kgとすると、ソルビン酸のヒトに対する50%致死量はおよそ368グラムとなる。もし368グラムのソルビン酸を、ソルビン酸含有量0.3%のチーズによって摂取しようとすれば、チーズを一気に123kgも食べなければならない。これによってソルビン酸はものすごく安全な物質であると判断される。
 これは急性毒性の試験だが、この他長期間摂取したときの毒性を調べる慢性毒性試験、シャーレに培養したヒトの皮膚細胞に対するソルビン酸の影響等も調べて安全性を確認している。ソルビン酸は微生物に対して毒として作用するが、ヒトの細胞には毒にならない。
 とは言っても微生物に毒として働くことが人間にも影響を与える可能性がある。ヒトと共生している腸内細菌に与える影響については解明できていないという。

 私はここで何も、だからコンビニのサンドイッチを買ってはいけないと主張しているのではありません。ソルビン酸は、いつでもどこでも安価なサンドイッチが食べられるという便利さ=ベネフィットと引き換えに、最低限度の必要悪=リスクとして使用されているわけです。そしてソルビン酸の健康に対するリスクはそれほど大きいものとはいえません。ですから、リスクーベネフィットのバランスを納得した上で、その便利さを享受するという選択はもちろん成り立ちます。
 問題なのは、現代の私たちの身の回りでは、リスクが極めて小声でしか囁かれない、むしろわざと見えないようにされがちであるということです。ソルビン酸は、加工食品の後ろに張られているラベルの中にごく細かな字でしか表記されていません。そして私たちの多くはそこに注意を全く払っていないし、たとえソルビン酸という文字を見たとしてもその間接的な作用にまでは想像力が届かないということです。

 端折って要約したが、1回の文章量が400字詰め原稿用紙で34枚分もある。福岡の講義はていねいで面白い。「本」は書店で無料で配布されている。入手されて読まれることをお勧めする。