J. D. ゼトゥン『延びすぎた寿命』を読む

 J.  D. ゼトゥン『延びすぎた寿命』(河出書房新社)を読む。副題が「健康の歴史と未来」。著者はフランスの医学部教授。人間の寿命と疾病の関係を研究している。先史時代から工業化以前まで人間の健康状態は平均してかなり悪かった。その平均寿命は世界の大半の国で25年から30年だった。平均寿命がこのように低いのは乳幼児死亡率が非常に高かったからだ。18世紀まで、少なくとも半数の子どもが10歳前に死亡していた。多くの子どもが生後1年足らずで死んでいた。

 人間の死因の大半は、微生物感染症、栄養不足、暴力の3つだった。感染症は、インフルエンザ、結核天然痘ハンセン病コレラ、ペストなどだった。

 18世紀に天然痘ワクチンが開発される。19世紀に工業化が進み、都市化は国民の健康を悪化させた。不衛生を改善する運動が起こる。コレラ対策に飲料水の改善が進められた。パストゥールが病原微生物を発見した。コッホは炭疽菌を研究した。

 20世紀初頭、第1次世界大戦で1800万人が亡くなったが、その直後スペイン風邪の流行で、5000万人~1億人が亡くなったとみられる。

 第2次世界大戦後、先進工業国の平均寿命は65年から70年ほどに延びた。それは子供たちの死亡率が下がったことと、中高年の死亡率が下がったことによる。生活環境が殺菌され、食べ物も十分手に入るようになった。さらにワクチンや抗生物質が大きな役割を果たした。

 20世紀後半、心血管疾患とがんに対して製薬産業が大きな役割を果たした。1980年代始めにはバイオ医薬品が開発され、多くの病気の治療で活躍した。

 寿命が延びると健康格差が顕在化する。収入が健康格差をもたらす。所得が多いほど寿命が長いことが分かった。

 また気候変動が健康に影響を与えている。

 さて、第2次世界大戦後、研究者たちは微生物疾患はなくなるだろうと予言した。根絶が近いと主張した。イェール大学とハーバード大学は1960年代末に感染症部門を閉鎖した。しかし、その後エイズが流行し、さらにアジアコレラ、インドのペスト、エボラ出血熱の流行を見た。さらに、チクングニア熱、ジカ熱、コロナなどのパンデミックが起きている。

 アメリカでは平均寿命が低下し始めている。原因(死因)は、アルコール、鎮痛剤オピオイド、自殺が関連していた。研究者はこれを絶望死と呼んだ。

 いつまでも寿命が延びると考える方がおめでたかった。現在の平均寿命でもう十分だと考えるのが妥当なのではないか。不健康で長生きするのは誰も望まないだろう。