伊東光晴によるポール・クルーグマン著「格差はつくられた」の書評

 毎日新聞2008年9月7日の書評欄に、伊東光晴によるポール・クルーグマン著「格差はつくられた」(早川書房)の書評が載っている。そのほぼ全文。

 "ゆたかな国ーーアメリカ" のイメージは、21世紀に入って大きく変った。エーレンライクの「ニッケル・アンド・ダイムド」(邦訳・東洋経済新報社)は、アメリカの多数の低賃金労働者の実態を描いて100万部をこえた。日本では堤未果の「ルポ 貧困大国アメリカ」(岩波新書)が話題を集めた。
 なぜこのような変化が生じたのか。アメリカのもっとも秀れた経済学者クルーグマンの答えが、この本である。
 1953年生まれのクルーグマンが育った時代のアメリカは中産階級の社会だったという。それが形成されたのは、30年代のニューディール政策からであり、それが一変するのは80年からであると。
 クルーグマンニューディール以前と80年代以後の社会の類似性を所得の不平等で示している。
 20年代、所得の上位10%の人が全所得の43.6%を得ている。2005年は44.3%である。ほとんど変らない。また上位1%の人が、17.3%と17.4%と、大きな不平等を示している。
 1920年代の大きな不平等社会を是正するのは、ルーズベルト治下の税制の改革が第一である。20年代所得税最高税率24%が、何と63%、ついで79%へと引き上げられた。この流れは戦後もつづいた。法人税も29年の14%から55年の45%へ、相続税もしかりである、と。
 不平等を是正した第二の要因として、クルーグマンがあげるのは、ニューディール政策による労働組合の権限拡大であり、第三は戦中の賃金統制による賃金格差の是正である。
 上を引下げ、下を引上げる。30年代のこれを経済史家は、大不況にかけて「大圧縮」と名づけたという。注意しなければならないのは、これが戦後まで30年間続いたことである。それが中産階級の社会を生み、同時に前例のない繁栄の時代をつくった。
 この30年間、共和党が大統領を出そうとも、こうしたニューディールの成果を変えることはなかった。アイゼンハワーからニクソンまでーークルーグマンは、これを超党派政治の時代とよび、80年レーガン以後を党派主義の時代としている。
 何がレーガン的右派を登場させたか。すべての基礎に人種差別があり、医療保険問題もこれに関係していると。
 ルーズベルト以後の民主党の大連合は、南部の人種差別政策を暗黙のうちに是認することで成り立っていた。しかしケネディの遺志ををついだジョンソン大統領は公民権法案を成立させ、これに反対する南部白人たちは民主党から離れる。右派の共和党は力をえる。
 共和党の保守は国民皆医療保険が、病院での黒人との混診を嫌う白人の偏見を助長させたことを利用する。レーガンは巧みに差別感情を利用し、煽(あお)り、選択の自由、市場原理主義をかかげ、政権につくと、高額所得者の税率を大きく下げ、労働組合の力を抑える。最低賃金で生活する人は拡大し、大きな不平等と格差社会がつくられていく。
 本書の原題は「リベラル派の良心」であり、その真意は、人種差別の利用が保守派の政権維持のための戦術であることを明らかにし、国民皆保険が福祉社会のためにいかに重要であるかを強調することである。(後略)

 またも人種差別という大きな壁。