名古屋章

 名古屋章という俳優がいた。2年ほど前に亡くなった。美術評論家の名古屋覚の叔父さんだという。
 清水邦夫の芝居「エレジー」の再演で主役をやった。1999年の紀伊國屋サザンシアター

【あらすじ】
 工業高校で生物の教師をしていた平吉(名古屋章)もすでに停年になり、その弟の右太は映画のプロデューサーのようなものをしているらしいが、兄に借金がある。ある日、右太は兄の家の修繕をしにやって来た。そこへ平吉の息子の嫁が訪ねて来る。
 平吉の息子、草平は最近肺炎で亡くなったばかりだが、この家を買うにあたり、頭金を平吉が出し、ローンは草平夫婦が払っていた。草平夫婦は最初は一緒に暮らそうとしたのだが、結局家を出てアパートで暮らしていた。それにも関わらず草平はローンを払い続けたが、草平が死んで嫁が払い続けるのもおかしな話だと、嫁の塩子(松本典子)がローンの督促状を届けに来たのだ。
 平吉と塩子は初対面の印象が悪かったらしく、平吉は塩子から逃げまわる。だが、共稼ぎしていた息子夫婦が払ったローンの中には塩子の分も入っているから、その分は返すが今は金がないという妙に堅い平吉に対し、断る塩子。彼女はこの家を自分のものにする、という夢をもって払い続けていたが正式な妻ではないため、草平の死とともにそれはかなわなくなった。もう、そういうあてにならないものをあてにして生きていたくない、という。平吉は名義替えをしてやるから、今まで通りローンを払い続けて、自分が死んだらこの家をもっていけばいい、という変な提案を塩子にする。塩子の方もついそれを受けてしまうが…。

 平吉は気持ちの底で塩子に好意を持っている。かすかにだが、いやらしい側面がある。名古屋章はミスキャストだった。この人はいい人だ。いやらしさがない。「エレジー」の初演は宇野重吉だったという。宇野にはいやらしさがあったと思う。この芝居の主役には最適だったろう。