吉行淳之介『恐怖・恐怖対談』と『恐・恐・恐怖対談』(どちらも新潮文庫)を読む。まず『恐怖・恐怖対談』はあまり面白くなかった。
斎藤茂太と脳梅毒について語る。
斎藤 脳梅毒についてもう一つだけ申し上げると、戦後に、精神医学治療史に残るような大成功した治療がある。それは大川周明さん。極東裁判で東条(英機)さんの頭を叩いちゃったでしょう。それで大騒ぎになって、早期発見された。入院させられて、マラリア療法で治っちゃったんです。
吉行 あれはやっぱり梅毒だったんですか。ぼくは別の判断を持っていた。
斎藤 血液も、脊髄液も全部陽性。
吉行 偽装説というのもありましたけれどね。
斎藤 これはアメリカの精神科医と東大の内村教授と両方で診て、はっきり決定したんです。治療は世田谷の松沢病院でやった。これは大成功だ。ところがふつうはこんなに早期には発見されないんですね。ポカリをやったから発見された。大川さんは治ったあとコーランの翻訳なんかしてますよ。
私も偽装かと思っていたが、本当に脳梅毒だったんだ。
斎藤茂太のほかには、色川武大、佐野洋、五味康祐、生島治郎、野坂昭如、小沢昭一、黒田征太郎、開高健、井上ひさしと対談している。
『恐・恐・恐怖対談』は面白かった。
倉本聰との対談で建築家のT氏が話題になる。
吉行 倉本さんとは、どうやらいろいろつながりがあるらしいけれど、もう一つ、建築家のT氏もそうですね。ぼくの家も北海道のあなたの家もT氏がつくった。
倉本 北海道の前に東京の杉並の家もそうなんです。(中略)
吉行 (……)ところで、こういう話題をT氏と交わしたことがある? 家が完成して住む人に引き渡すでしょう。その晩彼はへべれけになるんだって、飲み続けて。その理由はね、せっかく自分があんなに立派な家をつくったのに、くだらない奴がこれから住むのかと思うとヤケクソな気持ちになるんだって。本人から直接聞いた話です。
倉本 吉行さんに、面と向かってですか。
吉行 住んでる本人に言うからオカシイ(笑)。しかし、誰が住んでも自分の建てた家に住むに価いしないという判断があるんでしょう。でも、ちょっと変わり者ですね。
岸田今日子の軽井沢の家もT氏が建てたらしい。
吉行 彼は大学の先生もしてるでしょう。お宅にも学生いっぱい連れて見学に来ますか。
倉本 来たですよ。
吉行 じゃあやっぱり会心の作なんだ。
倉本 見学に来たり写真撮りに来たり、写真撮る時は家具を全部どけさせられる(笑)。テレビが邪魔だって言う。だけどテレビはぼくの場合あれでしょ。それから二階の窓から下に見える隣のアパートの、屋根の色が気に入らない、あれをグリーンに塗っちまえなんて言うんですよ。ぼくは下の土地を買わされた。「この土地は、いります」って。ムチャクチャ言いよるんですよ(笑)。
この建築家のT氏って誰だろう?
森重久弥との対談で中国の纏足が語られる。これがめっぽう面白い。
戦前の中国には4人か5人の民族資本家がいて、数人で中国全体の経済を牛耳っていた。その大財閥のひとつと日本の八幡製鉄が手を結ぶことになり、日本から派遣されて行った責任者の男に相手の大親分が嫁さんをやろうと言う。嫁さんは日本にいると言うと、日本にいてもここにはおらんじゃないか、何人ほしい? と聞く。それじゃあお言葉に甘えて1人いただきます。すると、わしの嫁さんをやると言う。それじゃあ申し訳ない。いや、それはまだ手がついてないから新品同様だ。なんと、嫁さんを67人とか68人とか持っている。
森繁久彌 67番目か8番目で手の廻りかねるのがいたんでしょうね。ま、ご厚意だから有難く頂戴することにした。幼児のころから筋の良いのを買ってきて、学問をやらせ芸事を教えて育てるわけですから、これが顔形といい、肌といい、起居振舞といい、誠に優雅で、美しい。それでお手がついていないというのを貰うということになった。
結婚式が豪華で3日3晩続く。乳母が2人もついていて、花嫁の手も握れない。
森繁 (……)いよいよお床入りということになった。彼は長いこと独りで大冶(鉄山)にいるもんだから、或る程度ムラムラするような状態だったんでしょうね。いきなり行こうとすると「なにをなさるか、あなた、御存知ないのか」と花嫁が言う。「いや、わしはなんにも知らん」と言うと、「それは困ったことだ、わたしは恥ずかしくてそんなことあなたにお教えできないけれど……実は、わたしの纏足を解いてもらうことから始まるんです」と言う。
吉行淳之介 儀式のようなものがあるんですね。
森繁 ちっちゃな足だし、薄気味悪いんだけれど、時々乳母に教えてもらったりしながら、とにかく纏足を解き始めた。非常に薄い羽二重の包帯で巻いてあるんです。ところがこれが、解けども解けども巻いてあるというんですね。包帯がパッと切れて、解き終わったかと思うとまたその下に巻いてある。また解くとまだその下にある。
吉行 そのうちなにもなくなっちゃうんじゃないか(笑)。
森繁 これには閉口したらしい。どんどん解いていくと、そのうち女がヒーヒーハアハア言い出すんですよ、恥ずかしくて。
吉行 恥ずかしくて?
森繁 つまり、あそこを見られるより恥ずかしい。
吉行 ああ、なるほど。
森繁 すごく興奮するんです。解いている間にもう何度もオルガスムスに達してしまう。そのうち、やおら足が出て来て……蝋みたいな足なんですね。透き通るような、綺麗なものだそうです。とうとう足を見られてしまって、むこうはハアッハアってのたうちまわっている。こっちはピンピンしているんだけれど、どうすることもできない。そこへ乳母が近寄って来て、次は舐めなさい、と言うんですね。だいたい足ってものは臭いものですよ。ところがその足はお香の匂いがしてた。香を薫きこめて包帯巻いていたらしい。
吉行 ぼくはそこを怖れていました、お話しを聞きながら。
森繁 といっても長い間巻きっぱなしですからね、やっぱり酸っぱいような変な臭いがする。それを舐めろと言うんです。臭いのを舐めるのがいいんだという説もありますが……。とにかく死ぬ思いで、垢みたいなもので見分けがつきにくくなっているのを、このへんが親指だろうというあたりから、舐め始める。1本、1本。それが終らないと次の段階へ進めない。もう破れかぶれで、途中で休憩して酒を飲んだりしながら、舐めていく。
吉行 チーズをつまみに飲むようなものですね(笑)。
森繁 それだけでもう、2時間ぐらいかかるんですって。で、ふっと見たらもう1本、足がある。
吉行 (笑)。
森繁 おれはいったいどうなるのか。
吉行 もう1本あるわけですねえ。
森繁 その1本もやっと片付ける。そうすると、女のほうももうくたびれ果てちゃうんですね。きょうはここまでだ、寝よう、と言う(笑)。こっちももう寝かしてもらいたい。
それで翌日の本番の時は、牛の一突きじゃないけれど、一瞬でおしまいになっちゃった、という話をしてくれた人がいるんですがね。
吉行 1人だけにしておいてよかったですね。3人も頂戴してしまっていたら、足がまだ……。
他に対談相手は、池田満寿夫、阿刀田高、篠山紀信、北杜夫、小松左京、丸谷才一、小田島雄志、山藤章二だった。