阿川弘之『鮨 そのほか』を読む

 阿川弘之『鮨 そのほか』(新潮文庫)を読む。これは6年前に一度読んでいるが、吉行淳之介を偲ぶ座談会「わが友 吉行淳之介」を読み直したくて再び手に取った。座談会は阿川のほか、遠藤周作小島信夫庄野潤三三浦朱門が参加している。みな古い友人たちだが、なぜかあまり話が盛り上がらなくて、吉行追悼の座談会にしては面白くなかった。

三浦  吉行の気味悪いみたいな、恐ろしい冷たさみたいなこと、さしさわりのないことでうまくいえないかな。

阿川  実名を伏せないとなあ……。

三浦  実名はXでもYでもいいじゃない?

阿川  それじゃあXだ。エンターテインメイトから芸術作品まで、非常に幅広い執筆活動をしているんだと自称している流行作家Xがいた。今でもいる。吉行を自分たちの兄貴分とする気持ちが強かったようだし、一方、多少ライバル意識もあったかもしれない。そういう連中は大体において進歩派だから、阿川なんてのは反動でどうしようもないけど、吉行さんは自分たちの味方、よき理解者と信じてて、送った本は、読んでもらってると思ってるんだね。銀座のバーなんかで会えば、非常に親しい言い方で、一と言いってくれるしさ。

 だけど、実際はどうだったかというと、その人気作家が送ってきた、非常にしゃれた装丁の芸術作品のつもりの新刊書を、おれと勝負事やりながら、二、三度ひっくり返してみて、「一体どの程度のものを書いているのか、一遍読んでみてやろうかな」といったよ。この「一遍」はおかしかったな。一遍も読んでないということだからね。

  このXは誰だろう?

 

 3篇の短篇小説「花がたみ」、「鮨」、「贋々作『猫』」は短篇小説というよりいずれもエッセイに近い。さすがに手慣れた感はあるが。

 阿川弘之は癇癪持ちだったようで、巻末の「阿川弘之について思い出すこと」で三浦朱門が、「彼が普通にサラリーマンになれないとしたら、その怒りやすさであったかも知れない」と書いている。童謡「サッちゃん」の作詞家阪田寛夫の娘が内藤啓子で『枕詞はサッちゃん』を書いている。子どもの頃団地住まいだったが、隣が阿川弘之の家だった。内藤啓子は阿川佐和子の友だちだったが、阿川の家の前を通るときは皆静かにって言って通った。うるさくすると阿川が怒鳴るからだ。

 阿川はほとんど読んでないが、師の志賀直哉の伝記は良かった。