内藤啓子『枕詞はサッちゃん』を読む

 新潮社のPR誌『波』に「文士の子ども被害者の会」という座談会が載っていた(4月号と5月号)。阿川弘之矢代静一阪田寛夫の娘たちの阿川佐和子矢代朝子と内藤啓子の座談会だ。これがとても面白かった。文士=作家である3人の父親たちがどんなに身勝手でわがままでワンマンだったか、娘たちがどんなに苦労したかを口々に語っている。

阿川佐和子  私は作家阿川弘之の娘でございます。父は2015年に94歳で亡くなりました。没後あらためて振り返りますと、自分を含めて文士の娘や息子たちはいかにヒドイ目に遭ってきたことかとつくづく思い至りまして、これは歴史に残さないといけない(会場笑)、そう考えて、「文士の子ども被疑者の会」というシリーズ座談会をしようと思い立ちました(会場笑)。今回は2回目です。……

 3人の一人、阪田寛夫の長女内藤啓子が昨秋『枕詞はサッちゃん』(新潮社)という父の思い出を書いた本を出した。副題が「照れやな詩人、父・阪田寛夫の人生」となっている。私も知らなかったが、阪田は芥川賞を受賞した小説家だった。子ども向けの歌詞もたくさん書いている。内藤が昔何度も見合いしていた頃、父親が作家で阪田寛夫だと言っても誰も分かってくれなかったが、『サッちゃん』という童謡の作者だと言って、それを歌い出すとすぐに分かってくれた。

―サッちゃんはね サチコって いうんだ ほんとはね―

 だからサッちゃんが阪田寛夫の枕詞なのだ。阪田の従弟は『いぬのおまわりさん』の作曲家大中恩、曽祖父がインク会社を設立し、それが成功してサカタインクスになっている。阪田は少年のころから宝塚歌劇が好きで、次女で内藤の妹にはバレーを習わせて宝塚に入れ、妹はやがて宝塚のトップスター大浦みずきになる。
 阪田は芥川賞を受賞して作家に専念しようと、努めていた朝日放送を辞める。しかし小説はさっぱり売れなかった。
 阪田寛夫の人生と銘打ちながら実際は阪田家の人間模様が書かれている。それがなかなか面白い。十分満足して読んだのだったが、阪田寛夫は作家なのだ、それを考えると文学的業績について触れているところは少ない。それを書くのは娘の役ではないとも思うが、いや別の本で読めばいいか。
 本書は24編に分かれているが、その標題にすべて阪田の童謡のタイトルを使っている。阿川弘之家とはつい近所だった。それで阿川佐和子とは幼馴染だった。佐和子はずっと『サッちゃん」のモデルは自分だと思っていたらしい。
 帯に阿川が推薦文を書いている。

おだやかそうにみえて阪田寛夫という作家の娘もまた、ずいぶんひどい目に遭っていたか……。
そう知って喜んで笑い転げて、そして涙が止まらない。

 内藤が妹のことを書いた『赤毛のなっちゅん―宝塚を愛し、舞台に生きた妹・大浦みずきに』も読んでみたい。
※(追記)今年の日本エッセイストクラブ賞を受賞した。


枕詞はサッちゃん: 照れやな詩人、父・阪田寛夫の人生

枕詞はサッちゃん: 照れやな詩人、父・阪田寛夫の人生