河合隼雄・阪田寛夫・谷川俊太郎・池田直樹『声の力』を読む

 河合隼雄阪田寛夫谷川俊太郎・池田直樹『声の力』(岩波現代文庫)を読む。本書は2001年に小樽市で行われた絵本・児童文学研究センター主催の講演・討議を記録したもの。4人が子供たちの歌や語りについて話している。私にはあまり縁のない世界で読んでいて強く惹かれるというものではなかった。いや、著者たちや編集者に罪などなくて、専ら私の関心の問題だ。
 「さっちゃん」の童謡で有名な作家阪田寛夫の講演のなかにおもしろいエピソードを見つけた。講演のタイトルは「童謡の謎、わらべうたの秘密」。

……私がいただいたタイトルのうち、童謡の謎については、かなり集めたつもりです。しかしわらべうたの秘密に関して、なにか実になるようなことを喋ったでしょうか。言わなかったに決まっています。それで児童合唱団とオーケストラの闘いを思い出しました。その曲は児童合唱団員が大勢並んでいるステージのうしろに、100人の大人のオーケストラが雷鳴よりすばやく鋭く無慈悲に荒れ狂うんです。メロディーなんてとらえようがない爆裂音を撒き散らし、オーケストラ全体が腹のへった千の狼集団になって子どもたちに襲いかかるんです。
 ところが子どもたちだけは、わらべうた――それも、「かごめかごめ」だけを歌い続けます。どこまでもどこまでも。それは「かごめかごめ」を、オーケストラの伴奏に支えられて歌うのとはまるで反対で、子どもらの歌をかきまわし、無茶苦茶にぶちこわすのがオーケストラの目的です。もうやめてくれえ、といつ喚き叫びだすかと舌なめずりして待ちながら、私の説明では無理なのですが、順序とか拍子とか調性とか繰り返しとか、何しろ秩序や約束と結びつきそうな要素をいっさい拒絶して吼えかかってくる。
 ところが子どもらは、指揮者に言われたのか、叫んだり怯えたり泣いたりはしないで、いちばん大事な小さい声で、ときには前の列の子にもぜったい聞こえないくらいの魂の声で、だが強くしっかり調性をまもって、嵐のさなかに転調も整然と行って、10分、15分……「かごめかごめ」をうたい続けました。
 無明のオーケストラがついに疲れて音量を下げ、墜落しはじめる。崩壊が止んで、なんにもなくなって、はじめて虚空をうめるように、
「うしろの正面だあれ」
と子供たちが歌いおさめました。これ、唱歌や童謡では太刀打ちできないんじゃないでしょうか。こんな根元的ないやしの力を感じさせられるのは、わらべうただけです。それがわらべうたの秘密。
 曲名は「響紋」(三善晃作曲・宗左近構成)と聞きました。風が砂漠に風紋を残すように、ここではたった4つの音だけのわらべうたが、宇宙に響紋を残す。ときには前の人にも聞こえない声で、ときには嵐の無秩序を乗りこえて。

 たぶん私も阪田と同じ会場でこの曲を聴いている。1984年、民音現代音楽作曲祭で初演された。オーケストラの轟音のなかから「かごめかごめ」が聞こえてくる感動的な曲だった。もう35年も昔なのにはっきりと憶えている。

 

 

声の力: 歌・語り・子ども (岩波現代文庫)