大道寺将司の獄中詠

 朝日俳壇のコラムに宇多喜代子が「うたをよむ 獄中詠をこえて」と題して大道寺将司について書いている(9月2日)。

 大道寺は1970年代の連続企業爆破事件にかかわる確定死刑囚となり、40余年を獄で過ごした。獄中で多発性骨髄腫を発症、2017年5月に東京拘置所で病死。したがって26歳から死の日まで、四季の風光や自然、獄外の人などに触れることのない日々を「日常」として生き、多くの句を書きつづけた。

 宇多があげる大道寺の句を写す。

一身に木の芽の声を聞きをりぬ
みはるかす水天一碧鳥渡る
残る日に縋り鳴きたる油蝉
棺一基̪(かんいっき)四顧(しこ)茫々と霞みけり
狼や残(のこ)んの月を駆けゐたり
古里の原に鶴れい三つ四つ

 最後の句の「鶴れい」の「れい」は口編に「戻」の漢字。鶴の鳴き声。
 以前このブログでも大道寺の句を紹介した。まず『棺一基 大道寺将司全句集』(太田出版)より、

凍蝶(いててふ)や監獄の壁越えられず
雲の峰絶顛(ぜってん)にして崩れけり
     母の死、荒井幹夫さん逝去の翌日
その時の来て母還る木下闇(こしたやみ)
初蛍異界の闇を深くせり
鬼ならぬ身の鬼として逝く秋か
後の世は野天に啼けよきりぎりす
生まれきてなにを愉しむ寒海鼠(かんなまこ)
今日が日をまた越えにけり法師蝉(ほうしぜみ)
蛇として生まれし生を存(ながら)ふる
縄跳びに入れ損ねたる冬日かな
仮の世に命ある身の寒さかな
枯蓮の陰に色沢(しきたく)残りけり

 大道寺将司句集『残の月』(太田出版)から、

蠅生れ革命の実を食ひ尽す
くちなはや命奪ひて息衝(づ)けり
炎天に溢るる悔の無間(むげん)なり
世の隅に隠れもならず残る虫
狼は繋がれ雲は迷いけり
漂へる綿虫のはて還るさき
狂ひしは海波(かいは)か吾か蠅生る
夢の世にあとかたもなし竹の秋
涅槃西風(ねはんにし)無人の家の朽ちにけり
綻びし網繕はず蜘蛛の生く
初蝉や屍ひそかに運ばれし
残る日に縋り鳴きたる油蝉
過ちし胸中の滝響(とよ)み落つ
拒食する自裁もあらむ夜盗虫
己が死を悟る鰯のありやなし
仇野(あだしの)の果ては花野に連なりぬ
伏してなほ背(せな)の重たき枯尾花
照り映ゆる桜の幹の冷たさよ
昏き日を今日も生くるや山椒魚
刑死なきおおつごもりの落暉(らっき)濃し

 宇多もコラムの最後を「大道寺将司は正真の俳人だったのだと、今、心からそう思う」と結んでいる。



棺一基 大道寺将司全句集

棺一基 大道寺将司全句集

残の月

残の月