『三島由紀夫レター教室』を読む

 『三島由紀夫レター教室』(新潮社)を読む。達者な三島が手紙形式の小説で、なおかつ手紙のお手本になるような作品を書いた。さすがだなあ。登場人物は5人だけ。その5人の間でのやり取りで、31種類の手紙の見本を示してくれる。そしてそれが小説になっているという優れものなのだ。
 ラブレター、ファンレター、借金の申し込み、同性愛の告白、脅迫状、結婚申し込み、中傷する手紙、身の上相談、病人への見舞状などなど、本当に芸達者な作家だ。
 このうち、「同性への愛の告白」を引用する。炎タケルというのは、23歳の芝居の演出を勉強している大まじめな理屈っぽい青年とある。差出人は、少し禿げあがった肥満体の中年男で云々とある。この「云々」を「でんでん」と呼んだ総理がいたが。

 炎タケル君。
 君はまったくすばらしい。私たちは舞台、映画、テレビの仕事には馴れていますから、色男の2枚目などは、どんなに人気があっても、裏から見ればただのデク人形と思っているので、何の魅力も感じたことはありません。
 もちろん、そんな人たちにファンレターも書いたことはありません。しかし、これは君へのファンレターなのです。
 舞台の上でキビキビと働く若竹のような君の姿、おとなしく分けた髪がパラリと頬にかかる悩ましさ、長い脚に何て汚れたGパンがよく似合うこと。それに、君が舞台端に立って、照明家と打ち合わせして笑ったときの白い歯、……私はこんなに埃まみれになって働く若者の、知的でしかも雄々しい魅力に打たれたことはありませんでした。君の姿を見てから、舞台の上のスターは、みんな吹き飛んでしまいました。それほど君は、先鋭な鋼板のような美しさを持っていたのです。
 ぜひ君とゆっくり話してみたいと思い、人にきいて君の名前を知ると、廊下で大いそぎでこの手紙を書きました。どうか私の気持ちを察してください。3枚目みたいな役をやっていますが、私は根はまじめな男です。明日の初日の晩は、いろいろおつき合いもおありでしょうから、2日目のハネたあと、劇場の裏の2本めの路地の、『セレニテ』というスタンドバアでお待ちしています。
 ぜひ来てください。来てくださるまでは、きっと仕事も手につかないと思います。

 突然よく知らない男からこんな手紙をもらって出かけていく男がいると三島が思っているわけではないだろうが。
 芸達者な作家だと先に書いたが、さすがに企画に無理がある。5人の人物の手紙が十分に書き分けられているとは思えなかった。5人もいればもっと思いがけない文体の手紙があっても不思議ではないと思う。小説の出来も企画の無理がたたって三島としては不出来だった。



三島由紀夫レター教室 (ちくま文庫)

三島由紀夫レター教室 (ちくま文庫)