丸谷才一『文学のレッスン』を読んで

 丸谷才一『文学のレッスン』(新潮文庫)を読む。読みながら、何カ所か以前読んだ記憶があると思ったけれど、これはもともと雑誌『考える人』に掲載されていた湯川豊との対談をまとめたもので、その雑誌で読んだ記憶だと思っていた。読み終わって、念のため調べてみたら、3年前に読んでいて、ブログにも紹介していたのだった。おのれの海馬の壊れかけているのに少々悲しくなった。3年前は図書館で借りた単行本で読んで、今回文庫が出たので買って読んだのだった。
 『文学のレッスン』は短篇小説、長篇小説、伝記・自伝、歴史、批評、エッセイ、戯曲、詩という8つのテーマについて、湯川豊が聞き手になって、丸谷才一にインタビューしたもの。タイトルどおり、文学論入門としてとても有意義な本だと思う。ずいぶん勉強になったのだった。
 短篇小説について、好きなものは大岡昇平の短篇小説、石川淳志賀直哉はスケッチ的短篇小説を書かせるとすばらしい。荷風も短篇小説のほうがうまい。吉行淳之介の短篇小説、いいものはいいですね、うまい。西洋では、ポー、ジョイスエドナ・オブライエンジョージ・ムーアを挙げて、アイリス・マードックの「何か特別なもの」をすばらしい出来と言っている。
 長篇小説の評価について、3つあると言い、「作中人物」「文章」「筋(ストーリー)」を挙げている。作中人物というのは意外だった。そしてトルストイの『アンナ・カレーニナ』『戦争と平和』を魅力がないと言っている。対してドストエフスキーがいいと。一時期、長篇小説の終わりが言われたけれど、ラテン・アメリカ小説の勃興があった。つぎは中国あたりから出てくるのではと。
 伝記・自伝の項で、中村稔の『私の昭和史』をほめている。中村稔といえば、私にとっては『束の間の幻影 銅版画家駒井哲郎の生涯』だが、駒井のほとんどの版画作品を扱ったという画商さんが、この伝記を強くけなしていた。中村稔に対しても悪い感情しか持ってないらしい。今度詳しく聞いてみよう。
 批評の項では当然小林秀雄が話題になる。丸谷は小林が好きではないのだ。

 小林秀雄の批評が批評の原型であるというお話でしたが、しかしそれ以後の批評家が小林秀雄にまさる面はあるんです。小林秀雄の文章は威勢がよくて歯切れがよくて、気持ちがいいけれど、しかし何を言っているのかがはっきりしない。中村光夫山本健吉の文章は歯切れのよさという点では小林秀雄に劣るかもしれないが、少なくとも何をいっているのかはよくわかる。そういう意味で、小林秀雄の批評は明治憲法の文体に似ている。(中略)そこへゆくと中村光夫山本健吉の文章はそういう爽快さはないけれど、内容を伝達する能力は高い。その意味でこれは現行憲法みたいなものである。

 以前紹介した『文学のレッスン』に関するエントリーは下記のとおり。


「方丈記」が面白い?(2010年7月24日)
丸谷才一「文学のレッスン」の興味深いエピソード(2010年7月30日)
美術作品が古びること(2010年8月15日)
山本健吉「古典と現代文学」を読む(2010年10月4日)


文学のレッスン (新潮文庫)

文学のレッスン (新潮文庫)