二つの目新しかったこと

 30歳を過ぎた頃から目新しいと感じることが少なくなった。たいていどこかで聞いたり経験したことばかりだと感じていた。しかし、その頃二つの目新しことに出会った。一つはオートバイだった。オートバイは若者の乗り物で、私の友人たちもたいてい高校生の頃オートバイの免許を取っていた。30歳を過ぎてまだオートバイに興味を持っているのは本当に少数だった。私は若い頃オートバイにも車にも全く興味がなかった。それが何としたことか33歳で原付免許を取り、34歳で中型免許を取った。数年間はオートバイにトチ狂っていた。「ロードライダー」というバイク専門雑誌を10年以上購読していたくらいだ。結局オートバイには20年間乗っていた。
 もう一つ目新しかったのは「そよ風に乗って街に出よう」という雑誌だった。これはカミさんが妊娠初期から定期購読し始めたもので、身障者に自立を訴える運動の機関誌のような位置づけのものだった。身障者と言っても脳性マヒなどで、介助なしでは日常生活が不可能なくらいの重度の身障者が対象だった。団地で一人住まいを始めた男性身障者が、公園に集まっている主婦たちのことを見て、彼女たちが身障者の世話をするようになるのが僕の目標なんですと語ったり、健常者は身障者のために存在すると言い切る者がいたり、身障者用のポルノ小説が連載されていたりした。身障者の性も普通に語られていたり、その特集が組まれたりもしていた。この身障者の世界は自分が全く知らない世界だった。雑誌の編集も良かったしレイアウトも垢抜けていたことが印象に残っている。これも十数年購読したのだった。
 知らない世界はまだまだたくさんあるのだろうが、おそらく触れる機会がないのだろう。まあ無理に知ることはないのかもしれない。昔石原慎太郎がホモの人から、思い切ってこちらに来れば広い世界があるのよと言われ、そちらに行かなくても十分広い世界があると答えていた。