高円寺ガード下の回鍋肉

 今から35年ほど前、高円寺駅から300メートルくらい西に寄ったJR(当時は国鉄)のガード下に場末っぽい中華料理屋があって、そこで食べた回鍋肉(ホイコーロー)が美味かった。しばらくしてもう一度行ったら閉店していた。近所の店で尋ねると移転したみたいですよと教えてくれた。それきりどこに行ったか分からない。
 その後あちこちで回鍋肉を食べてみたが、あの美味さには二度と会えないでいる。もっとも私の味覚が変わったのかもしれないが。割合に大ぶりのキャベツに豚肉も大きかった。味噌もたっぷり付いていた。もう一度食べてみたい。
 阿佐ヶ谷のレストランでポークソテーを注文したら、お客さん醤油味のを食べてみない? と言われた。これが美味しかった。普通ポークソテーはタルタルソースだ。しばしば甘ったるい。醤油ソースのポークソテーはさっぱりした味で美味しかった。
 阿佐ヶ谷駅から東に行った中央大学プール近くのレストラン中央軒にはよく行った。ここのチキングリルが美味かった。大きなチキンだった。こんなに美味しいチキン料理にはその後会っていない。というのもいつの間にか閉店してしまっていたからだ。
 カミさんの作るポークのパプリカ焼きは絶品だった。ポークソテーにパプリカを振ったものみたいだったが、ソースは何だったのか。もうそれを食べることも知ることもできなくなった。
 こうしてみると、もう二度と食べられないものが美味そうに思えるのかもしれない。若い頃屋台のラーメンをやっていた(これも変な表現だ)。お客さんに出すのとは別に自分用に特別なラーメンを作って一晩に2杯食べていた。スープをすくうとき、普通は表面に浮いた野菜や肉、油などをよけてすくう。ところが自分用には野菜や肉はよけるけれど油はたっぷり入れていた。そんなものを毎日食べていたのに太ることがなかったから重労働だったのだろう。屋台を辞めて街のラーメン屋で食べたラーメンのまずかったこと! そのはずだ、油たっぷりの特製スープと比べていたのだから。
 これは豚の腹油だった。ときどき牛の背脂を使った。豚の腹油が回りから溶けてだんだん小さくなるのに対して、牛の背脂はガマの脂売りのように、1枚が2枚、2枚が4枚、4枚が8枚のように二つずつに割れて小さく溶けていった。
 牛の背脂といえば、当時新宿西口の小便横町には珍しく牛骨でダシをとっているラーメン屋があった。さっぱりしたいい味だった。狂牛病が流行って、もうそうした店はないだろう。やはりここでも二度と食べられないものが美味そうに思える。
 それではイギリスの詩人バイロンにならって「われわれの失われたものに乾杯!」