上原善広『被差別のグルメ』を読む

 上原善広『被差別のグルメ』(新潮新書)を読む。以前読んだ同じ著者の『被差別の食卓』の続編的な書。有意義でとても興味深い。上原は自分が被差別部落=同和地区出身であることを隠すことなく、そのことを前向きに語っていく。作家の中上健次にならって同和地区を路地と呼び、路地の食文化を記録していく。前著で世界の被差別地区の食文化を調査していたのに対して、本書では日本国内の被差別地域の食を調べて歩く。それは、路地、アイヌ、北方少数民族、沖縄の島々、在日だ。
 路地の典型的な食物であるアブラカスが写真入りで詳しく語られる。これは牛の腸をヘット(牛脂。関西ではヘッド)で炒り揚げたものだ。もともと生の腸をそのまま鍋に入れてじっくりと弱火で長時間火を入れたもので、こうすると腸に大量に付いた脂が融けて、鍋は脂で満たされる。この脂で腸はカリカリに揚がり、残った脂はヘットになるという。
 ほかにも「クワ」という肺臓の味噌煮込み、サイボシという牛肉や馬肉を天日干しにした保存食、フク(肺臓)の天ぷら、溜池に自生している菱(ヒシ)の実とか犬猫料理など。このように調理法も含めて地区の食文化が紹介される。
 アイヌ料理では、エゾリスが印象に残った。

エゾリスは)脂がのる冬にはよく獲ったよ。今は食べなくなってしまったけど、リスは例えようがない旨さだよ」

 それはちょっと食べてみたい。
 北方少数民族の料理という章があるが、北方少数民族のことをほとんど知らなかった。具体的にはウィルタ(オロッコ)とニブフ(ギリヤーク)で、アイヌとも別の人たちだ。ニブフは浅黒くてウィルタは白い肌だが地元の人でないと分からないという。驚いたのは、彼らの戦後の運命だ。

 (戦後)ウィルタやニブフは戦犯としてシベリアに送られたうえ、特務機関に直接、雇用されたということで「徴兵」とは日本政府から認められず、軍人恩給や遺族年金も受けられないまま、その生涯を終えていった。その事実を、多くの日本人は知らない。

 沖縄では「島差別」が語られる。沖縄は島津藩時代から差別を受け、その沖縄本島も離島を差別してきた。二重の差別構造があったのだ。それは食文化にも影響を与えている。久高島のイラブー(ウミヘビ)食が紹介される。そしてソテツの実の料理。
 最後に焼肉料理のルーツをめぐって、在日と路地のどちらから始まっているのか追求される。上原は韓国に1年間滞在して韓国の白丁を取材したことがあった。白丁とは日本の路地のような存在だという。日本では焼き肉のルーツは在日系の焼肉屋から始まったということになっているが、上原は在日と路地の文化が交錯して、今日の焼肉が誕生したと結論づけている。とても説得力がある考察だった。
 あとがきで、「食」とは何かと言えば、「その半分は精神性である」と言っている。料理の精神性とは、その料理の生まれ、歴史、場所から生じる。どの国の料理か、どこで生まれた料理なのか、どこで食べたのか、料理人はどこの誰なのか等々。
 本書は被差別の食卓を研究する過程から、文化ということの深いところまで到達していると思う。また食を通して路地を知ることで、路地への関心が生まれてきた。ちょうど鄭義信の『焼肉ドラゴン』や『パーマ屋すみれ』、『ネズミの涙』などの芝居を見ることで在日の人たちの苦労を知り、彼らに共感を覚えたように、STEPSギャラリーで優れた画家ミラン・トゥーツォヴィッチを知ったことから、その画家の国であるセルビアに好意を持つようになったことのように。知ることは多く好意に繋がるのだ。


「被差別の食卓」がとてもいい(2011年7月2日)


被差別のグルメ (新潮新書)

被差別のグルメ (新潮新書)