前田啓介『戦中派』(講談社現代新書)を読む。総ページ500ページの大著。川本三郎が毎日新聞に紹介していた(2026年2月21日)。
入魂の書である。青春時代に兵隊に取られ極限状況のなかっで死と向き合った戦中派の回想録をいくつも丹念に読み、さらにときに本人や遺族を訪ね歩き、書き上げた。昭和19年(1944)生まれの評者は読んでいてしばし蕭然とした。
著者のいう戦中派とは大正6年(1917)から昭和2年(1927)にかけての生まれ(とくに大正12年生まれは戦没者がもっとも多いという)。昭和18年に学生の徴兵猶予が停止され、学徒動員によって招集された世代である。(中略)
実に多くの戦中派が登場する。
作家の山口瞳、安岡章太郎、古山高麗雄、吉村昭、城山三郎、戦艦大和から奇跡的に生還したことで知られる吉田満、漫画家の水木しげる、茶人の千玄室、実業家の森下泰(森下仁丹)、中内功(ダイエー)、塚本幸一(ワコール)ら。
詩人の中村稔へのインタビューから、
「例えば、谷川俊太郎さん(1931年生まれ)や大岡信さん(1931年生まれ)なんかは僕より4つか5つ若いですよね。だけどそのおかげで、彼らは戦争で、死の渕を覗くという、そういう経験がないわけですよ。だから僕から見ると、谷川の詩とか大岡の詩とかいうのはとてもね、気楽なもんだなと。言葉遊びとしては本当に谷川くんは天才的なものがあると思っていますからね。でも『二十億光年の孤独』にしても、『六十二のソネット』にしても、とっても気楽な人のお遊びだって感じがあるわけです。そういう感じがね、常にあるんですよ。やっぱり、死の淵を覗いた人とは違うっていう」
中村稔のこの谷川俊太郎と大岡信への批判は貴重だと思う。
巻末に参考文献が並んでいて、数えれば175冊に上る。500ページという厚さと参考文献の多さからもきわめて労作だ。その厚さにも関わらず興味深い内容で、短期間で読み終わったのだった。
校正ミスの指摘をひとつ。「今後の道順を今になって地図をひろげて政治家が考えている時、そしろには、どこに行くのかわからぬ国民がぼんやり立っている」。この「そしろには」は「そのうしろには」だろう。(p.366)
先に引いた川本三郎の書評の最後は「心震える労作」という言葉で締めくくられている。御意。
