鮎川信夫・大岡信・北川透 編『戦後代表詩選 続』(思潮社 詩の森文庫)を読む。先日読んだ正編の続きで、副題が「谷川俊太郎から伊藤比呂美」。『現代詩の展望』(1986年11月刊)の「戦後史100選」を2冊に分けて編集したものの後編に当る。38人の戦後詩人の45篇が掲載されている。
基本1人1篇だが、谷川俊太郎のみ正続併せて一人だけ3篇が選ばれている。2篇が選ばれている詩人は、大岡信、入沢康夫、鈴木志郎康、天沢退二郎、吉増剛造の5人。
いくつか拾ってみる。まず谷川俊太郎の「鳥羽 抄」
鳥羽 抄
1
何ひとつ書く事はない
私の肉体は陽にさらされている
私の妻は美しい
私の子供たちは健康だ
本当の事を云おうか
詩人のふりはしているが
私は詩人ではない
私は造られそしてここに放置されている
岩の間にほら太陽があんなに落ちて
海はかえって昏い
この白昼の静寂のほかに
君に告げたい事はない
たとえ君がその国で血を流していようと
ああこの不変の眩しさ!
阿部岩夫を引く。
死の山 抄
1
月の山で
死となかよく暮している
人びとの姿が
ミイラになったり 悪霊になったりして
消えてゆくのがみえる
あの寒い地形から
とても呼び戻せないほど
ひとは差別を胎んで
老いを噛み身体のなかに時間を掘る
忌まわしい病葉の形のなかに
動きだすのを待ち
嬰児のごとく睡りこむ
幻ともおもえるあの貌の骨が
姿(かたち)なすものに溢れ
皮膚のなかに溶けこみ
家の灰になりつつ
わるい血の流れを囲って
ただ怯えてきたのだ
末尾に「戦後詩の歴史と理念 続」という選者3人の対談が収録されている。そこで選んだ詩について討議されている。
鮎川 吉本隆明はどれを選んでもいいんだけど、結局ぼくは「火の秋の物語」か「ちいさな群への挨拶」か「その秋のために」の3つの内のどれかがいいんじゃないかと思うね。
大岡 「火の秋の物語」は吉本さんの作品でぼくの目に触れた最初の作だったように思いますが、新鮮だったな。あの中に出てくる「ユウジン」という人名は、ひょっとして天皇ヒロヒトのことかしらなんて話題もあったけれど。
北川 「固有時との対話」がいいちばんいいんだけど長すぎるし、部分的な引用というのも難しい詩の作品ですからね。
………
大岡 堀川正美はぼくも「新鮮で苦しみ多い日々」ですね。
鮎川 あんまりずばぬけて巧い詩がないんだよな、彼は。どれも同じような出来でね。
………
北川 吉原幸子さんは「オンディーヌ」は最高力作ですが、長いですね。吉原さんというのはぼくがみて、あんまりいい詩がないと思うんですよね。吉原さんしか絶対に書かないだろうという吉原さんらしい詩はいっぱいあるんだけれど。
………
北川 白石かずこの「聖なる淫者の季節」は長いでしょう。ぼくは自信がないから大岡さんに任せます。
鮎川 でも白石かずこも上手じゃないからね(笑)。「聖なる淫者」なんて題はいいけどね。
………
大岡 (……)入沢康夫の「「木の船」のための素描」というのはお棺の素描ですよね。ただし棺がしだいに一つの形而上的世界にまでなってゆくいかにも入沢康夫らしい作品ですね。
………
北川 大岡さんは「地名論」を一つ入れますか。有名な詩だから。
鮎川 いやぼくはこれは以前から代表的な詩だと思っていたよ。
いや面白かった。またほかの人が選んだアンソロジーも読んでみよう。