高橋源一郎・斎藤美奈子『この30年の小説、ぜんぶ』を読む

 高橋源一郎斎藤美奈子『この30年の小説、ぜんぶ』(河出新書)を読む。二人が雑誌『SIGHT』で「ブック・オブ・ザ・イヤー」という名称の対談を2003年から2014年まで行った。そのうちの2011年以降、2014年までのものを収録し、さらに2019年に「平成の小説を振り返る」という対談、そして2021年に「令和の小説を読む」という対談を行って本書ができあがった。平成から最近まではほぼ30年、それでこのタイトルがある。

 二人は読み巧者で、その二人がこの30年の小説を総括しているので読みごたえがあり、しかも対談なのですらすらと読み進められる。ほとんど小説を読んでこなかった私にも各々の時代の代表作、話題作、問題作が何であったのかよく分かった。

 西村賢太苦役列車』について、

 

斉藤  (……)西村さんは「ザ・私小説を書くのだ!」って書いてきて、芥川賞にまで至ったわけですけど、どの小説も内容はほぼ同じ(笑)。

 

斉藤  (……)そして、『線量計と機関銃』。おもしろかった、この本。

高橋  作者の片山杜秀さんは専攻が日本政治思想史+現代音楽の評論家という大変変わったポジションの方で、朝日新聞で音楽評や演奏会評をやっている方です。たぶん、片山さんの本を最初に書評したのはぼくなんですが、2008年に『音盤考現学』(アルテスパブリッシング)というのを出されているんですが、これがもうむちゃくちゃな本で、現代音楽のレコード評なんだけど、いきなりマルクススターリンの話が出てくる。

斉藤  なるほど。もともとそういう人なんですね。

高橋  そうそう。つまり博覧強記の人で、音楽と文化と政治が混然一体となっている。で、この本はね、彼がやってる衛星デジタルラジオミュージックバード」で放送中の番組、「片山杜秀パンドラの箱」の、3・11の直後、3月から1年あまりの放送をまとめたもので、すべて3・11絡みの話題です。そこに現代音楽と政治思想の話が入ってくるんだけど、その組み合わせが素晴らしい。たとえば、緊急地震速報のピヤ~ンピヤ~ンピヤ~ンピヤ~ンっていうあの音を作曲したのは伊福部達ですっていう話から始まる。で、伊福部達っていうのは伊福部昭の親戚であると。で、伊福部昭といえば『ゴジラ』の映画音楽を作った人で、じゃあ、『ゴジラ』を手がけた伊福部昭っていうのはどういう人だったのかというと、実はモスキート爆撃機の設計の研究員のひとりだったと。つまりここから戦争の話に入っていく。だから、ものすごく射程が長く深く広いんですよ。

 

村上春樹色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』と大江健三郎『晩年様式集 イン・レイト・スタイル』について、斎藤が高橋に「大江健三郎から理屈っぽい部分を除くと村上春樹になると、デビュー当時から言われてましたね」と言っている。どちらもすでに巨匠で圧倒的な肯定感を覚える、と。

 

 会田誠『青春と変態』について、

 

斉藤  (……)最初は「これで最後までいくのか……」と思ったけど。

高橋  ずっとのぞきの話だもんね。

斉藤  そう、ほんとに「青春と変態」なんだよね。

高橋  トイレに閉じこもって女の子の局部をすっと眺めているっていう。その描写が延々と続く。どうしようもない……。

斉藤  最っ低な奴ですよ。犯罪だもん。

高橋  しかも、芸術家らしく克明(笑)。でも、童貞のモテない高校生のルサンチマンってほどでもないんだよね、ある意味クールに、すごくリアリティを持って描いている。これ、いい青春小説だよね。わくわくしちゃったもん、読んでて。だいたい、野蛮でしょ。

斉藤  野蛮野蛮。そうなの。今年読んだ中でいちばん変な小説だった。でもその変さがいいのか悪いのか。

 

 コロナ文学に関連して、斎藤が言っている。

 

斉藤  (……)後期高齢者になったときに医療は崩壊するといわれていた。保健所が少ないのも統廃合されたせいです。1994年に保健所法が廃止されて地域保健法に変わった。保健所は感染症対策の重要な拠点だったのに、感染症は減ったからもういらないでしょうと。当時、感染症といえば結核だったからね。94年に847カ所あった保健所は2021年には470カ所とほぼ半減している。大阪市のように1カ所しかない市もある。横浜市名古屋市も1カ所です。当然人員も減らされている。その皺寄せが今、全部きている。

 

 この30年間の優れた読書案内になっている。とても素晴らしい企画だった。今後も続ければ良いのに。