鮎川信夫・大岡信・北川透 編『戦後代表詩選』を読む

 鮎川信夫大岡信北川透 編『戦後代表詩選』(思潮社 詩の森文庫)を読む。副題が「鮎川信夫から飯島耕一」で、『現代詩の展望』(1986年11月刊)の「戦後史100選」を2冊に分けて編集したものの前編に当る。42人の戦後詩人の56篇が掲載されている。

 ほぼ1人1篇だが、2篇選ばれている詩人が13人。それはやはり重要な詩人たちで、鮎川信夫黒田三郎、中桐雅夫、田村隆一北村太郎石原吉郎吉本隆明吉岡実、清岡卓之、吉野弘、長谷川龍生、茨木のり子川崎洋飯島耕一となる。

 田村隆一を引く。

 

沈める寺

 

 全世界の人間が死の論理を求めている しかし誰一人として死を目撃したものはいないのだ ついに人間は幻影にすぎず 現実とはかかるものの最大公約数なのかもしれん 人間にとってかわって逆に全事物が問いはじめる 生について その存在について それが一個の椅子から発せられたにしても俺は恐れねばならぬ 現実とはかかるものの最小公倍数なのかもしれん ところで人間の運命に憂愁を感じ得ぬものがどうしてこの動乱の世界に生身を賭けることができるだろうか ときに天才も現れたが虚無を一層精緻なものおとしただけであった 自明なるものも白昼の渦動を深めただけであった

 

 彼はなにやら語りかけようとしたのかもしれない だが私は事実についてのみ書いておこう はじめに膝から折れるように地について彼は倒れた 駈けよってきた人たちのなかでちょうど私くらいの青年が思わずこんな具合に呟いた「美しい顔だ それに悪いことに世界を花のごとく信じている!」

 

 

 吉本隆明を引く

 

小さな群への挨拶

 

あたたかい風とあたたかい家とはたいせつだ

冬の背中からぼくをこごえさせるから

冬の真むかうへでてゆくために

ぼくはちいさな微温をたちきる

おわりのない鎖 そのなかのひとつひとつの貌をわすれる

ぼくが街路へほうりだされたために

地球の脳髄は弛緩してしまう

ぼくの苦しみぬいたことを繁殖させないために

冬は女たちを遠ざける

ぼくは何処までゆこうとも

第四級の風てん病院をでられない

ちいさなやさしい群よ

昨日までかなしかった

昨日までうれしかったひとびとよ

冬はふたつの極からぼくたちを緊めあげる

そうしてまだ生れないぼくたちの子供をけっして生れないようにする

こわれやすい神経をもったぼくの仲間よ

フロストの皮膜のしたで睡れ

そのあいだにぼくは立去ろう

ぼくたちの味方は破れ

戦火が乾いた風にのってやってきそうだから

ちいさなやさしい群よ

苛酷なゆめとやさしいゆめが断ちきれるとき

ぼくは何をしたろう

ぼくの脳髄はおもたく ぼくの肩は疲れているから

記憶という記憶はうっちゃらなくてはいけない

みんなのやさしさといっしょに

 

ぼくはでてゆく

冬の圧力の真むこうへ

ひとりっきりで耐えられないから

たくさんのひとと手をつなぐというのは嘘だから

ひとりっきりで抗争できないから

たくさんのひとと手をつなぐというのは卑怯だから

ぼくはでてゆく

すべての時刻がむこうがわに加担しても

ぼくたちがしはらったものを

ずっと以前のぶんまでとりかえすために

すでにいらなくなったものにそれを思いしらせるために

ちいさなやさしい群よ

みんなは思い出のひとつひとつだ

ぼくはでてゆく

嫌悪のひとつひとつに出遇うために

ぼくはでてゆく

無数の敵のどまん中へ

ぼくは疲れている

がぼくの瞋りは無尽蔵だ

 

ぼくの孤独はほとんど極限に耐えられる

ぼくの肉体はほとんど苛酷に耐えられる

ぼくがたおれたらひとつの直接性がたおれる

もたれあうことをきらった反抗がたおれる

ぼくがたおれたら同胞はぼくの屍体を

湿った忍従の穴へ埋めるにきまっている

ぼくがたおれたら収奪者は勢いをもりかえす

 

だから ちいさなやさしい群よ

みんなひとつひとつの貌よ

さようなら

 

 

 吉岡実の「僧侶」の最初の2連を引く。

 

僧侶

 

 1

 

四人の僧侶

庭園をそぞろ歩き

ときに黒い布を巻きあげる

棒の形

憎しみもなしに

若い女を叩く

こうもりが叫ぶまで

一人は食事をつくる

一人は罪人を探しにゆく

一人は自涜

一人は女に殺される

 

 2

 

四人の僧侶

めいめい務めにはげむ

聖人形をおろし

磔に牝牛を捧げ

一人が一人の頭髪を剃り

死んだ一人が祈祷し

他の一人が棺をつくるとき

深夜の人里から押しよせる分娩の洪水

四人がいっせいに立ちあがる

不具の四つのアンブレラ

美しい壁と天井張り

そこに穴があらわれ

雨がふりだす

 

 

 会田綱雄の「伝説」

 

伝説

 

湖から

蟹が這いあがってくると

わたくしたちはそれを縄にくくりつけ

山をこえて

市場の

石ころだらけの道に立つ

 

蟹を食う人もあるのだ

 

縄につるされ

毛の生えた十本の脚で

空を掻きむしりながら

蟹は銭になり

わたくしたちはひとにぎりの米と塩を買い

山をこえて

湖のほとりにかえる

 

ここは

草も枯れ

風はつめたく

わたくしたちの小屋は灯をともさぬ

 

くらやみのなかでわたくしたちは

わたくしたちのちちははの思い出を

くりかえし

くりかえし

わたくしたちのこどもにつたえる

わたくしたちのちちははも

わたくしたちのように

この湖の蟹をとらえ

あの山をこえ

ひとにぎりの米と塩をもちかえり

わたくしたちのために

熱いお粥をたいてくれたのだった

 

わたくしたちはやがてまた

わたくしたちのちちははのように

痩せほそったちいさなからだを

かるく

かるく

湖にすてにゆくだろう

そしてわたくしたちのぬけがらを

蟹はあとかたもなく食いつくすだろう

むかし

わたくしたちのちちははのぬけがらを

あとかたもなく食いつくしたように

 

それはわたくしたちのねがいである

 

こどもたちが寝いると

わたくしたちは小屋をぬけだし

湖に舟をうかべる

湖の上はうすらあかるく

わたくしたちはふるえながら

やさしく

くるしく

むつびあう

 

 

 飯島耕一「他人の空」

 

他人の空

 

鳥たちが帰って来た。

地の黒い割れ目をついばんだ。

見慣れない屋根の上を

上ったり下ったりした。

それは途方に暮れているように見えた。

 

空は石を食ったように頭をかかえている。

物思いにふけっている。

もう流れ出すこともなかったので、

血は空に

他人のようにめぐっている。

 

 

 後半は『戦後詩代表選 続』(思潮社 誌の森文庫)に続いている。